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増税やコスト増を乗り越えてきた和食店の女将が伝えたい、メニュー価格を値上げして良かった3つの理由

2022.08.10

著者:弥報編集部

監修者:小保下 グミ

増税や原材料費の高騰など、ここ数年だけでもコスト増につながるルール変更や社会情勢の変化が幾度となく続いています。中小規模の飲食店の中には、価格据え置きでなんとか凌いでいるようすも散見されますが、はたしてそれは事業存続のために本当に必要な施策なのでしょうか。

コストが上がるたびにメニュー価格を引き上げてきた老舗和食店の女将が、自身の経験を元に値上げのメリットについてお話しします。


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値上げはお客さまに歓迎されないが、安さをキープすることは経営者の長期的な不安を増大させる

現在、ウクライナ情勢や円安などの影響で、あらゆる物の値段が高騰しています。そのため、自社の商品やメニューの値上げを検討している経営者も多いのではないでしょうか。

飲食店リサーチのアンケート調査によると、原材料高騰の影響を受けていると答えたのは全体の約90%であることに対し、実際に値上げを実行しているのは約43%に留まるといいます。

値上げを躊躇する理由は、おそらく「顧客離れへの不安」の一点でしょう。しかしそれは本当に正しい対応なのでしょうか。

というのも、当店はここ10年で2度にわたって行われた増税に合わせて、メニュー価格を改定してきました。1度目は2014年で、5%から8%に税率が引き上げられたのに合わせて3%の値上げ。影響はどうだったかというと、年間売上が前年比でわずかに上昇しました。

2度目の増税は2019年で、8%から10%に引き上げられたときです。これに合わせて店内メニューの価格も引き上げ、さらにキャッシュレス決済にかかる手数料分をプラス。デリバリーには軽減税率の8%が適用される(ただし酒類を除く)ので価格を据え置いてもよかったのですが、配達スタッフにかかる人件費が高騰していたこともあり、こちらも値上げ。年間売上は、前年比でほぼ横ばいでした。

増税により全体的に消費者心理が落ち込むことは覚悟していたのですが、いずれも売上自体に大きな影響がなかったのは、助かりました。おそらく値上げせずに踏ん張っていたところで、長期的な経営不安と、それに伴う後々の体力的・精神的な苦労はむしろ多くなっていたことでしょう。

そのうえ、思い切って値上げをしたことで見えてきたメリットもありました。以下に3つ、ご紹介します。

値上げして良かったこと1:低利益に疲弊しなくて済んだ

メリットの1つ目は、「低利益に疲弊しなくて済んだ」点です。

仮に消費税やキャッシュレス手数料で負担が増えたにもかかわらず価格を改定しなければ、増えたコストは利益からまかなうしかありません。しかし当店では、しっかりと値上げをしたことで一定の利益がキープされ、売っても売っても利益がなかなか上がらない、アリ地獄のような状態に陥ることはありませんでした。経費削減のために食材の質を落としたり、価格はそのままで量を減らす「ステルス値上げ」もしていません。

経営者さんの中には、お客さまに負担をさせるぐらいなら自分たちが我慢すればいいと考える人もいます。しかし、我慢が募ると心身ともに疲弊してしまいます。その結果、料理や接客のクオリティが低下したり、衛生管理が雑になったり、イライラしてスタッフに当たってしまったりと、良いことは起こりません。

お客さまの懐事情を気にすることも、確かに大事です。しかし、自分たちが健康に働ける状況を優先することで、結果としてよりお客さまに喜ばれるお店づくりができるのではないかと私は考えています。

値上げして良かったこと2:顧客層が良くなった

メリットの2つ目は、顧客層が良くなったことです。

当店は、夜の営業時間帯は居酒屋のようなお手頃価格のアラカルトを提供していたこともあって、以前は酔って態度が大きくなるお客さまや、マナーの悪いお客さまもいらっしゃいました。

しかし度重なる値上げに伴って、そういったお客さまは徐々に減り、値上げした価格を許容できる方だけが残る形になったのです。結果的に、良識的で品の良いお客さまの割合が随分増えたように思います。

良識のあるお客さまが増えたことで、以前よりも接客の負担が軽くなり、そればかりかスタッフに精神的な余裕が生まれ、サービスの質が向上しました。以前よりも楽しんで接客の仕事に取り組めるようになったように見えます。

飲食業界では一般的に、価格が上がるほど顧客層は良くなり、下がるほどクレーマーやカスタマーハラスメントが多くなる傾向があるといわれます。今回のことで、良識あるお客さまを増やし、スタッフに気持ちよく働いてもらうためにも無理して安さをキープするのではなく、時世に合った値上げをしていくべきなのだと私自身も学びました。

値上げして良かったこと3:料理やサービスの質を上げやすくなった

メリットの3つ目は、当店が増税や原材料価格の高騰など「何かあるとすぐに値上げする店」として知られるようになって以降、料理やサービスの質を上げやすくなった点です。

値上げをしても通い続けてくれるお客さまを観察していると、少々高くても良いものを食べたい層が一定数いることがわかりました。そこで私たちは、今よりもっとお客さまの満足度を高めようと、高級品とはいわないまでも、一般的に高いと知られている食材やアルコール類を仕入れ提供することにしました。これは「少しでも安い価格で提供しなければならない」と思い込んでいた時期には考えられなかった発想です。

目測どおり、他店ではあまり目にしないような貴重な食材や入手困難なアルコールなどを提供すると、たとえ高くても一部のお客さまには大変喜ばれました。私たちもしっかり売上を確保でき、双方にとって幸せな結果となりました。

サービス面も、同様のことが言えました。価格に見合ったクオリティの接客をこの先も維持しようと考えた私たちは、求人を出す際、高騰する時給に多少はついていこうと決めています。

時給を上げたことで、応募者は以前より増えました。応募者が増えれば、その中からより能力の高い人材を採用することができます。

また、当店では人件費にある程度の予算が確保できているため、採用後にイレギュラーな事態が起こっても、予算の関係で早上がりを依頼する必要はなくなりました。

納得してもらえる給与が支給できれば、スタッフの働くモチベーションの維持向上につながり、それはそのままお客さまへのサービスの質に反映されます。もしも値上げをしていなければ、サービスの向上どころか低い時給設定のまま求人募集をするしかなく、採用難に苦しみ続けていたことでしょう。

値上げは悪いことではなく、全員がハッピーになれる選択肢

お客さまに値上げをお知らせすることは、決して気分の良いものではありません。どれだけメリットを理解していたとしても、やはり顧客離れへの不安は少なからず付きまといます。それに、値上げをするたびにメニューの印刷やレジの設定をし直すのも、地味に面倒な作業です。

しかし、徹底した効率化で安さをキープする大手と張り合うような経営は、この先ますます困難です。また、デリバリー専門店やお取り寄せグルメなど自宅でもそれなりに美味しいものが手頃な価格で食べられる時代に、わざわざ足を運んで似たようなクオリティの料理を食べたいと思う人は少ないでしょう。

このような時代に中小飲食店に求められているのは、多少値段が高くても一定以上のクオリティの料理やサービスを提供することなのではないでしょうか。自宅や大手チェーン店では味わうことのできない、高い価値を提供することに私たちの存在意義があるように思います。そのためには適切な値上げが欠かせません。実際のところ、この先低価格の大手チェーン店と、高級化する中小飲食店の二極化はさらに進んでいくといわれているのです。

値上げは決して悪いことではありません。生産者、卸売業者、そしてお客さまと経営者、全員がハッピーになれる選択肢だということをぜひ心に留めておいていただきたいです。

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この記事の著者

弥報編集部

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小保下 グミ(老舗和食店の女将)

老舗和食店の女将。夫が後を継いだ家業で経営全般に関わる。現在は休業中。
noteにて定期購読マガジン「小さなお店のちいさな女将」を運営。飲食店経営や自営業の生き方・働き方について発信中。

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