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手法を教える「末学」と目的を教える「本学」の違いを知り、社員教育に活かそう

2020.08.26

「社員教育は大事」と考える経営者は多いはずです。しかし、十分な教育を実施できている企業はほぼありません。特に教育コストの限られた中小企業はなおさらです。いきなり現場に入る社員は結果を出せずに退職していく。こんな負のスパイラルをよく見かけます。今回は「末学」と「本学」の社員教育について解説します。

インバスケット……未決裁の書類の入った「未処理箱」の意。1950年代にアメリカ空軍で導入された能力測定ツール。疑似体験型トレーニングを通じて、自分の能力の強み・弱みを把握・分析できる。

手法や手段を教える「末学」、その目的や背景を教える「本学」

社員教育において、経営者の皆さんにまず知っておいていただきたいのは、いくら教える内容が正しくても、教え方が間違っていると「教えたことにならない」ということです。特に失敗に陥りやすいのは、キャリアを積んだ経営者や教育担当者の教育です。何度も同じことを教えているので、教える内容は熟知していますが、教え方がどんどん下手になっていくのです。

私自身、過去2万人以上を研修などでお教えしてきました。しかし、経験を重ねるほど教え方を間違えるようになりました。私の得意分野は管理職候補者や初めて部下を持つ人、プロジェクトリーダーの教育です。教える経験と共に受講者からのたくさんの質問・答えも蓄積され、受講者はこれが知りたいのだなとわかるようになりました。例えば「部下への仕事の任せ方」がテーマであれば、このキーワードを使うと部下がやる気を出す、こんなサポートをするとよく聞いてくれる、という方法を教えます。

ところが、あるときから受講生のアンケートの評価が落ち始めました。それはなぜか。以前よりも多くのことを教えていて、教え方も工夫しているのに……と悩むことが増えました。そして、これは間違った考え方ですが「受講生の質が落ちた」と問題をすり替えるようになりました。

しかし本当の問題は、受講生の質の低下ではなく、私の教え方、教えるポイントがズレていたことなのです。

学問には「末学」(まつがく)と「本学」(ほんがく)の2種類があります。簡単にいうと「末学」は手法や手段を教える学問、「本学」はその目的や背景を教える学問です。

名刺交換を例に挙げると、名刺交換の手順や相手の名刺の扱いを教えるのが末学、名刺交換はお互いの紹介と信頼関係構築のために行うものと教えるのが本学です。名刺交換後の相手の名刺をぞんざいに扱う新入社員がいれば、名刺自体の扱い方を指導するのではなく、名刺を相手の化身と考えて大事に扱うことのメリットやデメリットを教えるのが本学優先の教え方です。つまり末学よりも、本学を教えないと意味がないのです。

私の苦い失敗経験は「仕事を任せるためのテクニック」という末学を教えており、「任せるとはどういうことなのか」という本学を教えることを疎かにした結果です。

「末学」主体で教えることの3つのデメリット

私たちは本学を教える大事さを知っています。にもかかわらず、疎かにしてしまうのはなぜでしょうか?おそらく教える相手の反応の違いでしょう。

本学には精神論的な要素があります。「こうあるべき」「……は大事だ」と教えるよりは、「……という言葉を使うといい」「……というアプリは便利だ」という形のあるものを教える方が相手もメリットを感じます。形のあるものを教えるのは比較的簡単なことから、どうしても末学を優先してしまうのです。

ここで末学を教えることで生じる3つのデメリットについて説明します。

1つ目は手段の形骸化です。その手段を取ることが目的になってしまい、教えた時点からレベルがどんどん落ちていきます。例えば、お店で店員が「いらっしゃいませ」と挨拶をします。これは本来、お客さまに対して歓迎の意図を伝えつつ、店員がお客さまの存在を認識したという防犯上の理由もある行動です。しかし、末学で挨拶の仕方だけを教えて、それが形骸化した場合、お客さまに嫌悪感を持たれる怒鳴り声や聞き取れないつぶやきとなり、本末転倒となってしまいます。

2つ目は伝承されないことです。伝言ゲームをしたことがある方ならわかると思います。組織では教えたことが伝承されるのが理想ですが、教えた人間がまた別の人間に教えるとその内容が徐々に変化していき、やがておかしな方法に変わってしまいます。

3つ目はモチベーションが下がることです。教育で大事な要素に「必要性」があります。本人が必要性を感じないことは、たとえ教わってもすぐに記憶から消えてしまいます。なぜその行動が必要なのかを理解していないと、徐々にその行動を取るのがバカらしくなります。

「本学」主体で教えることの3つのメリット

逆に本学を教えることで、デメリットがメリットに変わります。本学は教えるのに時間がかかりますが、それは投資と考えてください。しっかり投資すれば、十分なリターンがあります。本学を教えると3つのメリットがあります。

1つ目は、応用が利くことです。考え方や意味を教えることで、状況が変わっても自らアレンジして対応するようになります。これにより教える手間も大いに省けます。

あるレストランで新人のフロア係にベテランの先輩社員が客席の案内の仕方を教えていました。「君がお客さまだとして、自分で座りたいなと思う場所に案内しなさい」。素晴らしい教え方ではないですか。

別のレストランでは、ランチタイムが過ぎて客席がガラガラの状態で「お1人さまはカウンターと決まっておりますので……」という残念な対応をしていました。応用が利くのは、お店としてお客さまに対する本来の目的(サービスなど)が理解できているからこそできることなのです。

2つ目は、伝承されるようになります。先ほどお話ししたように、末学は伝承されるにしたがって形骸化していきます。一方、本学は何年、何十年経っても伝承されます。

私は前職のダイエーである失敗を経験しています。夕方のアルバイトに指示を出すために指示書を作成しました。それまでは社員がアルバイトに口頭で指示していましたが、労務管理上の問題があり指示書にしたのです。部下にも指示書の書き方を伝えました。ところが、1週間後には使われなくなりました。

理由は、複雑で手間がかかるからです。なぜこんなに良いものを作ったのに、と腹が立ちましたが「計画を立てる大事さ」を説明して理解してもらうと、再び使い始めました。私がその店を離れて数年経ち、たまたま買い物に行くと、私の知らない社員がその指示書を使っていてうれしく感じたものです。

指示書の書き方やチェックの仕方だけ教えても伝承されませんが、本学を教えれば伝承されます。

これは末学で教える手法が複雑であるのに対して、本学はシンプルであるからです。ですので、やり方を教える前に会社が大切にしていること、そして方針などの本学をしっかりと教えることに力を入れたいものです。

3つ目は、やる気が上がることです。経営者や上司はある物事の全体像が理解でき、1つひとつの工程の大事さを知っています。しかし、社員や部下は全体が見えておらず、かつ工程の意味も理解していないことが多いものです。

例えば、道路工事をしている若い作業員が現場監督にその態度を叱られました。若い作業員は「毎日、毎日、同じ作業で面白くない」と言い返したそうです。現場監督は作業員に対し、今造っている道の重要性を話しました。「この道ができれば向こうの村に住んでいる人が、こちらの街に今までの半分の時間で行き来できるようになる。あの村には高齢者が多いので喜ばれるだろう。みんな早くこの道ができることを願っているんだ」。

この話を聞いた若い作業員はどう感じるでしょうか?自分の作業に重要性を感じてやる気を出すと思いませんか?

皆さんも部下に「チェックしろ」と指示を出すでしょうが、チェックしないとどうなるのか、チェックがどんな意味が持つかを説明されているでしょうか。その仕事の重要性を感じなければ、誰もやろうという気になりません。

部下の行動が見違えて良くなる、「本学」の教え方のポイント

ここまでに本学を教えることの大事さをご理解いただけたかと思います。では本学をどう教えるのか。部下を集めて説法でもしようかとお考えの方は、はやる気持ちを抑えましょう。

先ほど本学は目的や背景を教える学問であると説明しました。ここで、本学を教える際にどれだけ深く教えればいいのかという疑問が生じます。それだけ本学は奥深く、中国古典でいう本学は「そもそも人間はどう生きるべきか」という問題にさかのぼります。

さすがにここまで教える必要はありません。しかし、仕事をするうえで「なぜそれをやるのか」という考えは教えておくべきです。そうしないと本末転倒の行動を取りかねませんから。

仕事上の本学の教え方にはいくつかのポイントがありますが、まずは

  • 仕事の順番を付ける目的
  • 段取りを付ける目的
  • 報告・連絡・相談をする目的

これだけでも教えておけば、皆さんの部下の仕事は見違えて良くなるでしょう。

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この記事の著者

鳥原 隆志(とりはら たかし)

株式会社インバスケット研究所代表取締役。インバスケット・コンサルタント。1972年、大阪府生まれ。大学卒業後、株式会社ダイエーに入社、10店舗を統括する食品担当責任者として店長の指導や問題解決業務に努める。管理職昇進試験時にインバスケットに出合い、自己啓発としてインバスケット・トレーニングを開始。現在は執筆と講演・メディア出演など活躍中。日本で唯一のインバスケット教材開発会社として、株式会社インバスケット研究所設立。著書50冊以上。

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