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従業員10人未満でも作成した方がよい?労使トラブルを未然に防ぐ「就業規則」の作り方
2024.09.03
パワハラ・セクハラ、副業解禁、有給休暇……働き方や価値観が多様化する中で、労使トラブルの原因となる出来事も増えています。職場で長い時間を共に過ごす従業員とは、ギスギスした関係になりたくないですよね。トラブルを未然に防ぎ、社内に良好な人間関係を築くコツ。それは就業規則を整えることです。
就業規則というと、会社は「作らなければならないもの」、従業員は「守らなければならないもの」と義務感で運用しがち。しかし使いこなせば、双方が働きやすい環境を作るための強力なツールになります。
そこで本記事では、労使トラブルに対応するための就業規則作りについて、労務相談やハラスメント対策などに力を入れている、みやた社労士事務所代表・社会保険労務士の宮田享子さんにお話を伺いました。
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目次
就業規則の基本!何のために、どうやって作る?
就業規則の作成が必要になるのは、どのような会社でしょうか?
簡単に言うと「従業員を10人以上抱える会社」です。労働基準法第89条に「常時十人以上の労働者を使用する使用者」は「就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない」と定められています。正確には「会社」ではなく「事業場」であるため、本社と工場のように事業所が離れていたら、それぞれ別に数えます。「常時十人以上の労働者」にはパートタイマーやアルバイト従業員も含めますが、「繁忙期の1か月だけ」といった短期的なアルバイトはカウントしません。
つまり1つの事業所で営業している会社であれば、正社員とパート・アルバイトが10人になったときに就業規則の作成・届出が必要ということになります。
従業員10人以上の会社が就業規則を作らなかった場合、罰則はありますか?
就業規則の作成義務があるのに作成・届出しないと、30万円以下の罰金が科される可能性があります。
ただし、怖いのは罰則だけではありません。就業規則の作成を怠るリスクは、組織としての統率が取れなくなってしまうことです。就業規則は会社における交通ルールのようなもの。もし「赤信号では止まる」というルールがなかったら、交通事故が多発するのは想像できると思います。会社も同様に就業規則というルールがなければ、従業員とのトラブルが起こりやすくなってしまうでしょう。
言い方を変えれば、就業規則には労使トラブルを予防する効果があります。
つまり10人未満の会社でも就業規則を作るメリットがあるのですね。
はい。ルールを共有することで皆が働きやすくなります。なぜなら、従業員と会社にとって、お互いに「してほしいこと」と「してほしくないこと」が明確になるからです。従業員は会社に求められていることがわかるので、安心して仕事に打ち込めるでしょう。会社も望まない行動をする従業員がいた場合に指摘しやすくなります。
突然の休職願い、ハラスメント、副業……適切な就業規則が労使トラブルを未然に防ぐ
具体的にどのようなトラブルが発生しやすいのでしょうか?
よくあるのは休職に関することです。例えばメンタルの病気になってしまった従業員が病院を受診して「3か月の休息が必要」と書かれた診断書をもらってきたとします。その従業員に「この診断書に書いてある通り、3か月の休職をください」と言われたら、どのような対応ができるでしょうか?
このようなとき、休職に関する規定が就業規則になければ、話し合うしかありません。というより、従業員の言いなりになってしまう会社がほとんどだと思います。しかし就業規則に「最終的な判断は会社が行う」旨を入れておけば、会社側が主導権を握ることができます。その場合、会社が指定した病院で受診してもらったり、産業医に判断してもらったりする点などを盛り込むことが一般的です。
また、こんな相談を受けたこともあります。飲食店で香りの強い香水をつけて出社する従業員がいて、お客さまに提供する食事に影響するレベルです。社長としては遠慮してもらいたいのですが、香水を制限するルールがないので困っています。
このようなケースでは就業規則の「服務規律」で規定します。明確な線引きが難しいところではありますが「香水は業務に支障のない範囲で」といった内容を入れるとよいでしょう。これも「最終的な判断は会社が行う」ことを明示する必要があります。
その他でよく発生するケースとしては、頻繁に遅刻する従業員の対応があげられます。中途採用の方で「前の職場では許されていた」と、毎日のように始業時間に10分20分遅れるという例がありました。
このような場合は、就業規則に「遅刻しそうなときは職場に連絡すること」といった項目を盛り込み、同時に罰則規定を設けます。守れない場合は罰則規定に基づき訓戒(叱ること)を行うというわけです。
社長は「そんなことは常識だから書かなくてもわかるはず」と思いがちですが、世の中にはいろいろな職場があり、いろいろな人がいます。就業規則で明文化することで「常識の共有」をはかる必要があるでしょう。
大切なのは、ルールを設けた意味を従業員に理解してもらうことです。香水を抑えてほしいのは、提供する食事の香りと味をお客さまに十分味わっていただきたいから。遅刻がダメなのは、だらだら仕事をするようになると周囲の人のモチベーションが下がるし、業績も落ちてしまうから。このような社長から従業員に向けたメッセージを形にしたものが就業規則であると私は考えています。
よくあるトラブルとして、パワハラやセクハラなどのハラスメントもあります。
パワハラ、セクハラ、マタハラなどへの対策は、労働施策総合推進法、男女雇用機会均等法及び育児・介護休業法によって会社に義務付けられています。就業規則に盛り込んでおくことを強くおすすめします。「ハラスメントを許さない」という会社の姿勢を従業員に示すのに、就業規則ほどわかりやすいものはないからです。
ルールは具体的な方が効果的ですが、どのような言動がハラスメントに当たるのかを規定しようとすると、膨大な分量になってしまうでしょう。そのため細かい部分は別規程にする会社もあります。ハラスメント対策は突き詰めると人権教育です。奥が深く、社長も人権意識を強く持つ必要があるのではないでしょうか。
2019年に有給休暇(有休)の確実な取得が義務付けられました。有休に関して、就業規則上で注意するべきことはあるでしょうか?
従業員から病欠する旨の連絡が入ったときに、勝手に有休扱いにしてしまう会社があります。しかし労働基準法上、これはNGです。有休は従業員からの申請があって、初めて利用されるもの。就業規則にも、有休取得に関する順序を記載しておくことをおすすめします。
他にも「当日の朝にいきなり従業員から有休申請をされて困る」という声を聞くことがあります。「有休の申請は前日(または3日前など)までに行うこと」などの規定を設けるとよいでしょう。
副業についてはいかがでしょうか?
副業をめぐるトラブルでは、以下のようなパターンがあげられます。
- 本業がおろそかになる
- 本業も副業もがんばりすぎて健康を害してしまう
- 本業の企業秘密を副業の勤務先にバラしてしまう
政府が後押ししていることもあり、副業にNGを出しにくい雰囲気があります。解禁するのであれば、上記の可能性を考慮して規定を設ける必要があるでしょう。
会社の実態に合った就業規則の作り方
就業規則を作る際、まずだれに相談すればよいでしょうか?
外部の専門家に依頼するのであれば、相談先は社会保険労務士(社労士)か、労働法に強い弁護士です。会社の実態をよく把握している顧問社労士や弁護士が望ましいのですが、顧問契約をしなくてもスポット的に就業規則の作成を引き受けている専門家もいます。
就業規則を作成する流れを簡単に教えてください。
作成の流れは5段階あります。1段階目に行うことは「絶対的記載事項」を確認すること。絶対的記載事項とは必ず載せなければならない内容で、就業時間や休日、給与の決定方法などがあります。これらの項目を確認して文章に落とし込むわけです。
2段階目に会社の実態や文化を把握したうえで、就業規則で明確にしておきたい事項を決めていきます。会社によっては服装や機密保持などについて、決めておいた方がよいかもしれません。私は顧問先にヒアリングする際は「何かお困りごとはありませんか?」と聞いています。すると「欠勤が多い」「こっそり副業をしている人がいる」など、会社によってさまざまな悩みが出てきます。これらのあいまいな事項を就業規則で決めることで、無用なトラブルを避けられるようになるでしょう。
ここまでの段階で就業規則ができるのですが、作成に参加しているメンバーは社長と場合によっては人事担当者、社労士や弁護士と限られています。そこで3段階目に必要なのが、従業員の意見を聞くことです。作成した就業規則を従業員代表に見せて意見を聞き「意見書」を作ります。
代表を選出する方法については選挙や立候補、推薦など、民主的な方法で決める必要があります。
4段階目で事業場の地域を管轄する労働基準監督署に届け出ます。提出するのは申請書類である「就業規則(変更)届」と「就業規則」本体、「意見書」の3点セットです。それぞれコピーを忘れないでください。提出後に受理印が押されて返ってきます。意見書に関しては、従業員の意見があったからといって、必ず従わなければならないというわけではありません。もし「通勤手当の限度額を上げてほしい」などの意見があったら、そのとおりに書いて提出してください。特に意見がなければ「意見なし」と書いてください。なお、届出は電子申請も可能です。
最後の5段階目は、従業員への周知です。1人1台パソコンを貸与している会社であれば共有フォルダの中に入れてお知らせする、または製本して各人に配布したり、共有の本棚に入れたりするなど、いつでもだれでも見られるような状態にしておくことが大切です。
従業員が10人未満の事業場では作成しても届け出る義務はありませんが、私は届け出ることをおすすめします。就業規則を社内で周知する際、労働基準監督署の受理印が押されていると、従業員に安心感を与えられるからです。
より良い職場作りのために就業規則をポジティブに捉えよう
先ほどのハラスメントや有休取得義務のような法改正によって、就業規則の改定が必要になることもあるかと思います。そのようなとき、どう対応すればよいでしょうか。
まずは情報を手に入れることです。法改正に関しては、日々業務に忙しい社長がすべてキャッチアップすることは難しいでしょう。法律は目まぐるしく変わっていくものだからです。顧問社労士や弁護士がいれば、提案してもらうのが一番良いでしょう。
または、商工会議所や同業者団体などの集まりで、就業規則や労働法規の改正が話題にのぼることがあるかもしれません。
就業規則を改定する流れは、前述した作成の流れと基本的に同じです。実態を把握し、従業員代表に意見を聞いて意見書を作り、労働基準監督署へ届出、最後に社内で周知します。
「就業規則」というと、従業員を縛り付ける鎖のような、悪い印象を持つ人もいるかもしれません。私の考えでは、就業規則は会社と従業員が互いに幸せに働くために作る、ポジティブなものです。適切に運用することで、より良い職場作りに役立てられるとよいですね。
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この記事の著者
弥報編集部
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この記事の監修者
宮田 享子(みやた社労士事務所 代表)
社会保険労務士。産業カウンセラー。
B型。左利き。商社・損害保険会社・ゲームソフト会社など、さまざまな業種の企業で事務職を経験した後、結婚を機に退職。2児の育児中に友人の社労士事務所を手伝ったことが資格取得のきっかけとなった。
2010年4月に独立開業し、労務相談の他講師業や執筆業等にも力を入れている。「お堅い法律の話を馴染みやすく」がモットー。
趣味はオーボエ演奏なので「チャルメラ社労士」を名乗る。
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