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退職した元取締役が競業相手に!「競業禁止特約」は有効?【弁護士が労務管理をわかりやすく解説】
2020.07.13
共に会社を経営してきた取締役の一人が会社を辞めて独立すると言い出した。もちろん独立は祝ってあげたい。けれども会社のノウハウや顧客情報を辞めた後に利用されたらどうしよう……。辞める前に、類似の事業をしないように合意を取っておきたいけれど、それって有効なの?
今回のテーマは「競業禁止特約」について。中小企業の経営者に向けて、弁護士・松江仁美がわかりやすく解説します。
目次
退職した取締役の裏切り……。独立後に類似の営業行為が発覚!
顧問会社からの紹介で、私のもとにA工務店の社長さんが相談に見えました。聞けばA工務店は、商店街のアーケードと街路灯を設置する事業をしているそう。私の故郷では大規模小売店の進出で商店街が寂れ、アーケードの修理どころか、逆にすべて撤去されてしまったばかり。まずはその話で盛り上がりました。
社長「地方都市は、放っておけば皆行き着くところはそこですよ。最近はシャッター通りどころか、建物さえ撤去されてすっかり見晴らしが良くなった、なんてことさえ起きています。それを食い止めようとウチの会社は、商店街の活性化に向けてアーケードや街路灯の整備をしています。ただご承知のとおり、現代は社会の横のつながりというものが切れかけていますから、商店街の結束を呼び起こすのに地道な活動が必要なんですよ」
このように社長は地方再生という高い志を持って仕事をしてきましたが、とんでもないトラブルに巻き込まれてしまったのです。退職した取締役Bさんが別の会社を立ち上げ、社長が活性化した商店街の近くにある別の商店街のアーケード設置と、街路灯の設置契約を自社で契約してしまったのです。
社長「この商店街は、私が手がけた商店街の隣町にあります。でき上がった商店街を見て、私の会社に問い合わせがあり、それに対応したのが在職中のBさんでした。きっと在職中にこの商店街での営業を始めていたんですね。ひどい裏切り行為ですよ」
取締役の競業避止義務、退職後の「競業禁止特約」は有効なの?
そもそも取締役は、会社のために忠実にその職務を執行し(会社法第355条「忠実義務」)、経営のプロとして善良な管理者の注意をもって事務処理をする責任を負う(同330条「善管注意義務」)立場にあります。それを具体化したのが、取締役は自己または第三者のために会社の事業の部類に属する取引をする場合には一定の制限を設けられるとする「競業避止義務」(同356条1項)です。つまり、会社のために働く人が商売敵になってはいけないということです。
ここで1つ問題があります。誰も在職中に会社が傾くようなことはしないので問題が生じるのは退職後ですが、この条文は現職の取締役にしか適用されないのです。とはいえ競業行為はある日突然始まるものではなく、在職中から着々とその準備を進めていることが多いものです。必ずしも退職後の行為と言い切れない場合もあります。また競業状況が目に余るようであれば、信義則上、責任を追及できる場合もあります。ただしそのためには退職までに競業の準備をしていたことや行為の悪質性の立証が必要となります。
そこで取締役が退職する際に、会社と同種の事業をしないように「競業禁止特約」などの誓約書を交わすケースがあります。これさえしておけば万能のように思えますが、実はこの誓約、それはそれで問題があるのです。
(なお本稿では取締役を例に挙げていますが「競業避止義務」は一般の従業員も秘密保持契約を結ぶ際などに課されます。退職時も同様の誓約書を交わすケースがあります)
社長「私も予感があったんです。Bさんは私に報告を怠ったり、勝手に値引きをしたり、ちょっと信用できないところがあって、退職する際に『退職後2年間は一定の地域で同業を立ち上げたり、同業の会社に就職しない、破った場合は退職金を支給しない』という誓約書を書かせたのです。それでこの裏切りが発覚したので、私は誓約書に則って退職金を支払わないことにしたのです。そうしたら……」
するとBさんの弁護士からこの誓約書は無効だとして、退職金を支払えという訴訟を起こされてしまったというわけです。
社長「私の目の前で、本人が署名して判子を押したんです。なのに無効だなんて寝言を言われても困ります!」
残念ながら「無効」とはそういう意味ではありません。人は「職業選択の自由」(憲法第22条1項)を有しているので、誓約内容がこの権利を犯していると判断されれば、誓約そのものが無効になる可能性があるのです。
これについては、リーディングケースとなっている古典的裁判例(奈良地裁1970年10月23日判決)を筆頭に多数存在します。「競業禁止特約」が有効になるポイントは、①会社に守るべきノウハウなどの利益があること、②禁止内容が限定的であること(地域、期間、業種など)、③代替措置があることなどです。さて本件はどうでしょうか。
商店街への営業ノウハウが企業秘密と認められ裁判は和解
上記のポイントについてBさんの主張は、①商店街に営業をかけることなど、特許でも秘密でもなんでもない。誰でもできる。②2年の営業制限は期間が長すぎるということでした。どちらも一理ある主張です。
社長「特許なんてあるわけないじゃないですか。でも商店街を1件ずつ訪ねて歩いて、青年会の集まりに顔を出して、地方の活性化を若者に説いて回って、地方都市の未来やビジョンを見せて、成功例を詳しく説明して、商店街の結束を呼び起こして……。これは半年や1年でできることじゃないんですよ。長い間、いろいろな商店街をよみがえらせてきたウチのノウハウがあるからできることです。この経験が会社の宝なんです。
よみがえった商店街は一様に喜んでくれて、その後も親しくさせていただいています。先日もある商店街の青年会の方から、別の商店街から相談を受けたのでウチに紹介したいという話まで頂いたんです。他人はこんなにわかってくれるのに、身内に根底から否定されるなんて……」
松江「社長それ使えますよ。いや、使いましょう!光が見えてきましたよ」
その後の裁判で、社長は商店街の再生に成功した営業活動を詳しくレポートし、これは大切な独自のノウハウであると主張しました。また2年という縛りも、商店街の結束を呼び起こして発注にこぎ着けるには相当程度の年月がかかると主張し、決して長すぎる期間ではないと訴えたのです。この立証は困難を極めましたが、かつて手がけた商店街の青年会の有志たちが実名で丁寧なレポートを提出してくれたことで、リアリティを増していったのです。
さらにBさんの就業年数からすると、約束していた退職金がかなり高額であったことから、これを禁止規定の代償措置として正当な金額にするという主張も付加しました。
その結果、裁判所から強硬な和解勧告が出され、Bさんからの請求額の2割程度の退職金を支払って合意することで和解が成立しました。「競業禁止特約」の内容が認められた実質的な勝訴です。
同じ職場で働いた仲間であれば幸せになってもらいたいものです。できれば無用なトラブルは起こしたくありません。そのためにきちんとした特約を結ぶことが、昔の仲間ががよからぬ行為に走るのを予防し、心から独立を祝える関係を築くポイントとなります。
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この記事の著者
松江 仁美
代表弁護士。1957年静岡県生まれ。中央大学法学部卒業。1993年弁護士登録。建築紛争、企業法務などを多く手掛け、建築不動産関係会社の顧問を多数務める。「頑張る社長たちの応援団」でありたいと思っている。空手5段、日本空手道松濤会本部指導員、神田小川町に自らの道場、「一道館」を構え、日々稽古に励んでいる
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