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どんなに心で泣いても、退職を申し出た社員は笑顔で送り出そう【小さくても最強の会社をつくる 人材戦略講座】

2020.10.05

中小企業の社長は、社員を家族のように考えている人が少なくありません。それだけに、社員が辞める際に「裏切られた!」と感じることがあります。結果、円満な別れ方とはならず「もう二度と会うことはない」と絶縁状態になることも。これは人材戦略上もったいないことです。今回は社員の退職について考えていきましょう。

長い目で見れば「社員との良い別れ方」が人材戦略上とても重要に

会社の規模に限らず、一定の比率で退職者は出てきます。これだけ人材の流動化が進み、環境の変化が激しく、社員は自分の将来への選択が自由意思で行える時代になったのですから、当然と言えば当然の話です。

しかし中小企業の社長は、社員を家族のように考えている人が多く(それ自体は決して悪いことではありません)、その思いが強すぎるあまりに、社員の退職の申し出を素直に受け入れられないことがあります。

時には「裏切られた」という悪い感情を持ってしまい、その結果「もう2度と顔も見たくない。今後どんな理由があれ、会社の敷居をまたぐことは許さない!」と、絶縁状態になることがあります。社長にとっても会社にとっても辞める社員にとっても、良い別れ方ができないのは不幸なことです。

以前の記事「社長面接はヒアリングを重視し、間違いのないジャッジを!」では「不合格者にこそ丁寧な対応を」という採用担当者への教訓を引き合いに、不合格者に対するフォローの重要性をお伝えしました。その不合格者が将来の顧客や事業パートナーになる可能性が否定できないからです。辞める社員もまったく同じです。

「辞めたけど、良い会社だったな」と元社員が思う別れ方こそが最も望ましく、逆にネガティブな感情を持たれてしまうと、退職者だけでなく、その周囲にいる人にも悪い影響を及ぼします。

英語で「grapevine(グレープバイン)」という言葉があります。これは直訳すると「ブドウのつる」ですが「うわさ・情報の経路」という意味も持っています。1つのブドウの房には、数多くのブドウの実が付いていますが、同様に1人の後ろには数十人がつながっていると考えましょう。退職者が「ひどい会社だった。ひどい社長だった」と考えていたとしたら、それは背後にいる人たちにも伝わってしまうかもしれないのです。

特に採用活動で、会社が内定を出した人材が入社を迷っているとしたら……。もしその人の知り合いに元社員がいたら……。内定者は必ずその元社員にこう尋ねるでしょう。「入社するか迷ってる。どんな会社だった?」と。元社員からの情報が内定者の選択に大きな影響を与えることは、疑う余地もありません。

長い目で見れば、退職を申し出た社員と良い別れ方をすることが、その後の人材戦略上、非常に重要なのです。

「出戻り社員」こそ、最も効率が良く、ハズレの少ない人材

社員が辞めるときは、社員の数だけ理由があると考えましょう。

もちろん「会社のことが嫌になった」「人間関係がうまくいかなくて……」「給与など待遇面で不満がある」など、会社に対して否定的な感情を持って辞めることもあります。しかし、必ずしもネガティブな理由だけで退職を決めるわけではありません。

「他にやりがいのある仕事が見つかった」「今後の自分の成長を考えて」「他の業界や職種に挑戦してキャリアの幅を広げたい」など、自分自身のステップアップのために、新たな仕事にチャレンジすることも多いはずです。

会社と個人の関係は現在、雇い、雇われるという「主従」の縦の関係から、お互いを必要とする「パートナーシップ」の横の関係に移行してきています。会社が社員を縛り付けることができなくなったのは、個人がキャリアを自立的&自律的に考えるようになったという社会環境の変化があります。

お互いが必要としている期間は蜜月のパートナー関係が成立しますが、そのバランスが崩れたときは、関係を解消して新たなパートナーを探すほうが健全と考えることです。

だからこそ事情が変わって、再びお互いが必要になることもあるのです。世の中でいわゆる「出戻り社員」が増えているのも、会社と個人の関係性の変化を表す顕著な現象です。

私は何人もの出戻り社員にインタビューしたことがありますが、出戻りの理由はさまざまです。「他の企業でステップアップできたので、また新たな環境を考えたときに、前の会社がふさわしいと考えたから」「いろんな世界を見てきて、やっぱり元の会社が自分に合っていると思えたから」「再び転職を考えたときに、出戻ったほうがすんなりと周囲に溶け込めそうだったから」など。

出戻り社員のメリットは、出戻った個人の視点から見ると「自分を理解してくれている人が多く、人間関係をゼロからつくらなくていい」「制度や風土面で会社のことを十分に理解しているから安心」などになります。

出戻り社員を迎える会社のメリットは「一から教育しなくても、すぐに現場で力を発揮してくれる」「人となりがわかっているので安心」「会社を理解してくれているので『こんなはずじゃなかった』というミスマッチが起こりにくい」「出戻る際に、それなりの覚悟ができているので腹が据わっている(帰属意識がより高い)」「他社での経験・スキル・ノウハウが活用できる」などが挙げられます。

中途採用にはそれなりの採用コストや教育コストがかかりますが、出戻り社員は経費面でもメリットがあり、ある意味「最も効率が良く、ハズレのない人材」であるといえます。だからこそ、いつでも出戻りを検討できるという程度の関係性を保った状態で退職してもらうことが重要です。

社長としては、会社で手塩にかけて育てた社員に辞められることは、泣くに泣けない気持ちかもしれませんが、そこはグッと我慢して「心で泣いて笑顔で送り出す」くらいの器量を見せてください。

元社員こそが、採用活動における最強のリクルーターになり得る

良い形で退社した人材は、出戻り社員にならなくてもリクルーターとして活躍してくれることがあります。

辞めるときに会社に迷惑をかけたという自覚があり、それでも会社側が辞意を快く受け入れてくれて、気持ちよく送り出してくれたわけですから、社長や会社に恩義を感じていてもおかしくはありません。何らかの形で自分の抜けた穴埋めをしたいという気持ちになるのは自然なことです。

例えば、転職を考える人がまず相談する相手は、身近にいる直近に転職経験のある人です。「転職してみてどうだった?」と聞きたいわけです。なので転職したばかりの人には意外に転職の相談が集まりやすいものです。そういう相談者がいたときに、自分が辞めた会社にふさわしい人がいれば、会社に推薦してくれることもあります。

採用活動の手法の1つに「芋づる方式」というのがあり、自社にふさわしい人材の周りには次の採用候補者が文字どおり芋づるのようにゴロゴロ存在していることが多いのです。この「芋づる方式」は、公募などと違って広告費がかからないため、採用コストが抑えられる効率の良い方法です。辞める社員に対して「もしあなたの周りにあなたの後継者としてふさわしい人がいたら、いつでも紹介してほしい」とお願いしておくのもいいでしょう。

辞めた会社を他の人に勧めることに違和感を持つ方もいるかもしれませんが「良い形で会社を辞めて、かつ、辞めても良い会社だと言っている」人の話は、実際に会社に勤めている人の話よりも客観性や中立性があり、説得力があると判断される時代です。

「どんな会社だった?」と尋ねて、退職した人から「私は事情があって辞めたけど、本当に良い会社だった。もしかしたらあなたに向いているかもしれない」と聞かされれば「ちょっと調べてみようかな」という気持ちになる可能性はあります。元社員のほうが、現役の社員よりも説得力において最強のリクルーターになり得ることをぜひ覚えておいてください。

今後の企業経営は、人材の出入りを前提とした雇用を考えるべし

かつて、人材は一度採用したら、定年を迎えるまで雇用し続けることが企業の使命のような時代がありました。しかし、ここまで環境変化が激しくなると、そもそも雇用し続けることが企業にとっても個人にとっても本当に良いことなのかわかりません。

例えば、時流に乗って急成長していると、会社の成長のスピードに対して創業時のメンバーの成長が追い付かず、他から優秀な人材を集めなければ会社が回らないことがあります。実際にITベンチャー企業などでは、創業時の役員が総入れ替えになる事態も数多く起こっています。つまり、企業の器が既存の人材の器よりも大きくなるケースです。

逆に個人の成長が著しく、今の企業に収まり切らなくなって、次のステージにステップアップすることもあります。企業の器より個人の器が大きくなるケースです。この場合は「社員が卒業する」と割り切ることが大切です。

前述したように卒業した人材は、顧客や社外パートナーになったり、新しい人材を紹介してくれるリクルーターや出戻り社員になる可能性もあります。ケンカ別れは、今後の財産をみすみす失うようなものです。

会社を退職(=卒業)したOBが世の中で広く活躍する会社は「人材輩出企業」として評価される時代でもあります。卒業社員が胸を張って「良い会社だった」と言ってくれる企業を目指すことも、これからの企業のトップに求められる資質なのかもしれません。

「人材は抱えるもの」という発想から脱却し、むしろ「人材の出入りを前提とした雇用」の実現が、企業の人材戦略の柱になります。小回りの利く中小企業だからこそ、大手企業よりも時代の変化に対して柔軟な対応が可能なのです。

過去の慣習にとらわれない新しい時代の人材戦略にチャレンジしてほしいと思います。

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この記事の著者

田中 和彦(たなか かずひこ)

株式会社プラネットファイブ代表取締役。人材コンサルタント/コンテンツプロデューサー。1958年、大分県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、リクルートに入社し、4つの情報誌の編集長を歴任。その後、映画配給会社のプロデューサー、出版社代表取締役を経て、現在は、「企業の人材採用・教育研修・組織活性」などをテーマに、“今までに2万人以上の面接を行ってきた”人材コンサルタント兼コンテンツプロデューサーとして活躍中。新入社員研修、キャリアデザイン研修、管理職研修などの講師や講演は、年間100回以上。著書に、『課長の時間術』『課長の会話術』(日本実業出版社)、『あたりまえだけどなかなかできない42歳からのルール』(明日香出版社)、『時間に追われない39歳からの仕事術』(PHP文庫)、『仕事で眠れぬ夜に勇気をくれた言葉』(WAVE出版)など多数。

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