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エース社員が「退職を考えています」と言ってきた…。 中小企業の社長はどうすべきか?

2018.11.29

著者:若山 修

著者:株式会社スコラ・コンサルト

「社長、大変です! A君が会社を辞めたいと言ってきたそうです!」

多くの仕事をこなし、業績への貢献も大きい現場のエース級社員が突然退職してしまう。中小企業の経営者にとっては社内不正と並んで、起こってほしくない悪夢のひとつです。採用も思うようにいかない昨今、期待の大きい次世代人材の流出はまさに死活問題と言っても過言ではありません。

このようなとき、社長にできることは何があるでしょうか。「よく話を聞き、本当の理由をつかむ」のは当然のことですが、もっとリアルなニーズとして「引き留め」は可能なのでしょうか。

筆者が出会った2つのケースをご紹介したいと思います。

引き留め成功と失敗、2つのケース

【ケース1:別の部署に異動】

B君(26歳男性・入社3年目)は若手のホープで、上司にもしっかりとものを言うタイプ。将来は幹部として活躍してくれることを期待していた彼が、ある日突然「会社を辞めたい」と言い出しました。事態を重く見た社長が自ら乗り出して、業務時間内にも業務時間後にも直接の面談を繰り返しました。結果として不満を抱いていた上司のもとからB君を別の部署に異動させることで引き留めに成功することに。

【ケース2:キャリア形成を支援】

Cさん(34歳女性・入社7年目)は気分の浮き沈みが激しく、扱いが難しいタイプではありますが、営業面では抜群の成績をたたき出し、部下からの信頼も厚い幹部社員。辞めたいと言い出した彼女に対し、社長は、彼女の同期社員を連れて東京本社から北関東の地方支店にいる彼女のもとへと車を飛ばして駆けつけます。膝詰めで本人としっかり話し込み、近く設立予定の子会社の幹部社員に登用することで合意し、引き留めに成功しました。

どちらのケースでもいったんは引き留めに成功しています。いずれも話し合われた内容は似たようなことで、辞めたい理由、どうなればその理由がなくなるのか、本当は何をしたいと思っているのか、そもそもこの会社やこの仕事をどんなふうに思い、働いてきたのか。直接本人から話を聞き、お互いに意見交換をしながら両者で落としどころを探り、合意に至ったわけです。

さて、その後どうなったでしょうか。

B君は1年後、再び周囲と衝突して辞めると言い出します。このとき衝突した相手は若いアルバイト上がりの新卒社員でした。彼は社長がB君と同じように期待をかけていた若手だったため、社長は苦渋の決断でB君をかばうことをせず、最終的にB君は大きな不満を持ちながら退職してしまいました。

一方、Cさんはその後、子会社の取締役に就任しました。人情に厚い上司となって部下たちの悩み事を受け止める聞き役をつとめ、会社の大黒柱として活躍しています。

引き留めの成功条件とは?

2つのケースにおける違いは、一体なんだったのでしょうか。

まず、引き留めの「材料」の問題があります。

B君のときには“異動”という手段による「不満の解消」が材料になりました。ところがCさんの場合は、同じ異動でも “子会社の立ち上げ” がミッションとなっていて、「さらなる期待と活躍の場」が材料に使われています。このように、引き留めに入る際には「何を材料にするか」が非常に重要なポイントになります。

現在はどこも人手不足で、労働市場は超のつく売り手市場ですから、仕事のできる若手は引く手あまたです。退職の意向に対して引き留めようとするあまり、安易な譲歩や特別待遇をしすぎてしまうと、社長の側にある種の弱みをつくることにもなり、“不満を言うことで問題を解消してもらえる” という当事者の学習や全体の空気につながりかねません。

Cさんのケースにおいては、社長が「Cさんの能力にふさわしい期待」を伝え、「ふさわしい役割」を課し、結果としてCさんのさらなる挑戦を引き出しています。

この2人のケースでは、有名な「ハーズバーグの動機づけ理論」が思い起こされます。これは仕事に対する満足をもたらす要因と不満をもたらす要因が異なることを示した理論です。満足をもたらす要因には、仕事の達成感、能力向上や自己成長などが挙げられ、反対に不満をもたらす要因は、会社の方針、労働環境、作業条件(金銭・時間・身分)などが挙げられます。つまり不満足を解消してもマイナスがゼロになるだけであり、真に動機づけを行うためには「満足要因」を満たすものが必要である、ということです。

2人のケースには、もうひとつ顕著な違いがあります。

B君のときには社長がひとりで対処していますが、Cさんのときには “Cさんの仲間とともに話し合っている” という点です。Cさんにとっては、社長だけでなく、同期入社の仲間も自分を心配したり期待してくれたりしていることが実感できた、という利点があります。

社長の立場から考えたときにも、自分ひとりで動くか、それとも他のメンバーとともに話すか、この2つには大きな違いがあります。それは、社長自身が他のメンバーの目もあるためにうそが言えないという点。第三者の同席は、調子のいい譲歩や特別待遇でその場をしのぎたくなる誘惑に対するブレーキになってくれます。

Cさんだけでなく、行動をともにする自社の優秀な社員にも正対し、事業と社員の未来に責任ある立場として、社長が何を大事に思い、何を評価し、どんなことを期待しているのかを、背筋を伸ばして自分の言葉で語ることができるのです。

引き留めた後は何をするべきか?

エース社員の退職は中小企業にとっての死活問題。この問題を乗り切って、活を得たならば、ぜひこの機会を、会社をさらに強くするきっかけとして利用したいものです。

B君のケースでは、正直なところ社長のほうに「のどもと過ぎれば…」という気持ちがあったのではないかと思います。B君にしても、大きな不満が解消されて、当面は気持ちよく働けるようになったことで気持ちが安定し、「いつもの日常」に戻っていきました。

Cさんの場合は、社長にとってもCさん自身にとっても大きな変化の始まりです。会社としての次の大きなチャレンジに向かって、どちらもよりいっそうの努力が必要になりました。退職の問題がなくなった代わりに、新会社をつくり、成功させるという難題に立ち向かうことになったのです。

当然ながら「のどもと過ぎれば…」というわけにはいきません。今まで以上に密なコミュニケーションをとり、業績については社長も遠慮なくCさんに厳しいことも言うようになります。会社の方向性、夢や志といったものについては、社長はこれまで以上に悩み、考え、Cさんを含む社員との共有を大切にするようになりました。

評価の方法や目標設定を見直してみよう

大企業のような定期異動がしにくい中小企業では、長年にわたってお互いをよく知る同じメンバーで仕事をすることが多く、一緒にめざすものや会社の方向性を確認する機会、評価や目標設定などをあらためてきちんとやるという習慣のないところも多くあります。せっかくの機会なので、いい意味での仕切り直しをやってみてもよいかと思います。

例えば、

① 成果のフィードバック
② チャレンジテーマの設定

などを定期的なしくみにすることは、中小企業においても有用です。

①成果のフィードバック

これは筆者自身が事業会社でマネージャーをしていたときに出会ったやり方です。

部下全員を、上位20%、それに続く60%に分けます。結果として、[A:B:C=20%:60%:20%]に分けられます。そして、A群の中からさらに最上位5%、C群の中からさらに下位5%の人材を選ぶと、部下全体が[S:A:B:C:D=5%:15%:60%:15%:5%]に分けられることになります。

20人のチームなら、1人:3人:12人:3人:1人くらいの割合でしょうか。小学校のときの通信簿と同じ相対評価のやり方で、けっこう批判も多い評価方法です。

しかし、このやり方で定期的に部下を評価することに取り組んでみて、筆者が気づいたのは、CやDを分けることは気持ちとして非常に苦しいために、無意識に避けていたということ。それゆえに、SやAの人材の評価もあいまいにしてしまっていたということです。その結果、SやAの人材が「自分がどれほどチームに貢献しているのか」を知ることができる成果のフィードバックがあいまいになってしまっていたのです。

エース人材に対して、「君はエースだ」ということを伝えるためには、評価する側も覚悟と意思を持ってチームのメンバーを見ていかなければならないのだということを痛感しました。

②チャレンジテーマの設定

ここで言う「チャレンジテーマ」は、単に「意欲的なストレッチ目標」という意味ではありません。

めざす成果を、次のように置いたときに、レベル3をめざしていく革新的なテーマのことです。

レベル3:圧倒的に勝つための目標

レベル2:業界水準並みになるための目標

レベル1:不具合対策でマイナスをゼロにするための目標

レベル3の目標は、一定のリスクも、失敗に終わる可能性も含みながら、成功したときのインパクトは大きい、という挑戦的な課題です。こういったテーマを、会社(社長や上司)とともに考え、個人目標のひとつに設定していくことで、エース人材の力を常に引き出していくことができます。また、この作業をしくみとして定期的に行うことで、会社として目指すものと個人としてのやりがいをすり合わせ、さらに重ね合わせていく効果が生まれます。

「自分のつくってきた会社だ」と思える仕事の積み重ねで、社員と会社とのエンゲージメントは深まり、結果として間違いなく離職率は下がっていくはずです。

中小企業の経営は簡単ではありません。それでも、会社の将来を担っていく次世代人材の定着をはかり、成長を後押しするという大事な経営の課題については、ちょっとした工夫に、覚悟と努力を加え、エース人材に対しても日ごろから、その力にふさわしい仕事と評価を与えてあげていただきたいと思います。やがて「彼ら・彼女らさえ元気で楽しく働き続けてくれたら、うちの会社はなんとかなる!」と思えるときが訪れ、社長の長年の努力も大きく報われることと思います。

Cさんの勤める会社では、幹部社員で飲みに行くとき、今でも時々Cさんの退職騒ぎが酒の肴になっています。「あのときのCはさー」と周りがひとしきりCさんの身勝手をいじったあと、「でもあれがあったから、うちの会社の今があるんだよねー」という言葉にみんなが「うん、うん」とうなずき、夜は更けていくのです。

この記事の著者

若山 修(わかやま しゅう)

ベンチャー企業で草創期から東証一部上場までを経験。その後、株式会社スコラ・コンサルトで組織風土改革プロセスデザイナーを続けながら、2014年に青果店を開業。スモールビジネスに限りない愛着を持つ。

この記事の著者

株式会社スコラ・コンサルト

組織風土改革のパイオニアとして企業・公的機関の支援に30年の実績をもち、実践を目的とした〈プロセスデザイン〉という独自の変革手法に特徴がある。「コンサルタントのいないコンサルティング会社」のスタンスを貫き、「プロセスデザイナー」が現地で現場の人たちと一緒に考える伴走型の支援を行う。本音でまじめな話ができる対話の場、職場や立場を離れてフラットな関係で行う「オフサイトミーティング」は、スコラ・コンサルトの代名詞になっている。

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