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上手な仕事の任せ方とは?経営者が社員に「権限委譲」するコツ
2024.09.24
日々多忙な中小企業の経営者にとって、社員に自分の業務を任せる「権限委譲」は必要不可欠です。しかし権限委譲はやり方を誤ると、逆に経営者の業務が増えてしまったり、任せた社員のモチベーションが下がったりするなど、適切な効果が得られない可能性もあります。
今回は株式会社ジェイックの近藤浩充さんに、適切な権限委譲の方法について解説いただきました。権限委譲のコツは、社員が「任されてうれしい、誇らしい」と感じられるようにすること。社員への仕事の任せ方によって生産性が変わる「生産性の6D」や、権限委譲を行う際の5つのステップなど、ぜひ参考にしてみてください。
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目次
経営者にも社員にもメリットだらけな「権限委譲」、なぜ進まない?
権限委譲は、経営者と社員の両方に多くのメリットがあります。経営者は社員に業務を任せて自分の時間ができれば、経営者としての業務に集中できます。社員は業務を任せられることでスキルアップや成長の機会を得られ、モチベーションの向上にもつながります。
さらに、権限委譲は後継者・後継チームの育成にも役立ちます。帝国データバンクの発表*では、2024年上期の「創業・設立から100年を超えている企業」の倒産件数は、74件と前年度に比べ95%増となり、うち後継者不在のため事業継続の見込みが立たなくなった「後継者難倒産」は11件としています。つまり、採用難・人材不足が加速する中、後継者・後継チームの育成は今後の事業継続において必須事項なのです。権限委譲は社員の成長を促進し、自分の右腕となる社員や将来の幹部候補を育成することにもつながります。
*出典:100年経営「老舗企業」の倒産動向調査(2024年上半期)|株式会社帝国データバンク
メリットが多い権限委譲ですが、中小企業の経営者からは「メリットはわかっているけれど、進められない」という声をよく聞きます。「任せてはみたけれど、逆に社員のモチベーションが下がり、業務の質が低下した」「任せた業務を細かく指示してしまい、逆に社員が指示を仰ぐようになってしまった」「安心して意思決定を任せられる社員がいない、自分でやった方が早い」など、失敗経験や任せられる社員の有無などの要因で、権限委譲をためらう経営者が多いです。このような状況に共感されることもあるかもしれません。
任せる人がいないと決めつけてしまって実行しなかったり、やみくもに業務を任せたりするだけでは、権限委譲は成功しません。理想的な権限委譲の状態を理解し、必要なステップを押さえて実行していくことが重要です。
理想的な権限委譲は「任されてうれしい、誇らしい」
まず結論を言うと、最も効果を発揮する権限委譲は、社員に裁量や責任のある業務を任せたうえで、任された社員が「任されてうれしい、誇らしい」と感じている状態です。
理想的な権限委譲を理解するうえで参考になる「生産性の6D」というものがあります。生産性の6Dは、社員への任せ方によって生産性が変わること示しています。この中で経営者が最も避けなければいけないのは、「この業務は自分にしか絶対できない」「自分でやった方が早い」と自分でやる「doing」の状態で業務を抱え込んで、不測の事態に直面したり慢性的にキャパオーバーになったりして「落下(dropping)」状態に陥ることです。
経営者がキャパオーバーとなり、各業務に手が回らない、仕事の質も劣化してきたのにだれにも代われないといった状態になると、中小企業では事業存続にも関わりかねません。
このような事態を避けるために、計画的に社員に業務を任せる必要があります。ただし、進捗確認もフォローもせず、ただ仕事を丸投げしている「投げ捨て(dumping)」は、「落下(dropping)」と同じ生産性が低い状態を生み出します。「投げ捨て(dumping)」とは、任せた業務でミスやトラブルが起こったときに初めてフォローしたり、「なぜできないんだ」「任せない方がよかった」と叱責や苦言を伝えたりするパターンです。
丸投げしてうまくいかないときだけ不満を伝えられる状態では、同時に社員のモチベーションも低下します。丸投げはせず、自分の業務の中で責任の少ないタスクを任せる「割り振り(distributing)」は、結果的に平均的な生産性にとどまりますが、業務を自分で行う場合より良い状態になります。
さらに生産性が高くなる最も理想的な権限委譲は、社員に責任と裁量、意思決定も含めた業務を任せ、かつ任された社員が権限委譲されたことが「うれしい、誇らしい」と感じている「代理(deputizing)」の状態です。
この状態で権限委譲できれば、社員は単に業務を遂行するだけでなく、自分の役割に対する自信と誇りを持つようになります。これにより社員は自己効力感が高まり、モチベーションも向上します。経営者が自らの時間を作り出せ、かつ社員の育成も行うためには、「代理(deputizing)」の状態を作る権限委譲を目指しましょう。
「任せてみたけど結局逆効果だった」という経験をお持ちの方は、その際の社員とのやりとりや関わりがどの状態だったかを振り返ってみてください。業務を任せても、思うように動いてくれなかったとき、「投げ捨て(dumping)」の状態になっていたかもしれません。「責任、意思決定も含めて任せてみたけど、本人のやる気やモチベーションが感じられなかった」という場合は、「代理(deputizing)」の状態に至っていなかったのかもしれません。
理想的な権限委譲を生み出す5つのステップ
業務を任された社員が「任されてうれしい、誇らしい」と感じる権限委譲の状態を作るためには、適切なプロセスを踏んで実行することが大切です。理想的な権限委譲を行うための5つのステップをご紹介します。
ステップ1:権限委譲の必要性を明確にする
まず経営者として、なぜ権限委譲が必要なのか、その理由や達成したいゴールを明確にしましょう。業務の生産性を高めるために業務を任せたいのか、あるいは社員や後継者を育てるために業務を任せたいのか、業務に新しい視点を取り入れてほしいのか、自分のタスクを減らしたいのか、その理由によってアプローチが異なります。
生産性を高めたり、自分の右腕となるような社員を育成したりする場合だと「代理(deputizing)」の状態を目指すことが有効ですが、まずは自分のタスクを減らしたいということであれば「割り振り(distributing)」の状態を作るだけでよい場合もあります。日常が忙しいと、一時的に手間がかかる権限委譲よりも「自分でやった方が早い」となりがちです。まずはどの仕事について、どういう権限委譲をしたいか、自分なりに整理しましょう。「代理(deputizing)」状態を目指す必要性を明確にしておけば、業務を任せる社員に思いも伝えやすくなります。
ステップ2:人物を選定する
権限委譲の必要性が明確になったら、業務を任せる人物を選定します。まずは自社の組織図を基に「だれに任せられるか」を検討します。以下の図は例であり、組織図の形は企業によって異なってかまいません。
最初に、社員をA、B、Cの3つのレベルに分類します。任せたい業務に対し高い成果を期待できる社員はA、努力次第で成果を出せる社員はB、努力しても成果を出すのが難しい社員はCとし、その評価を「/」の左側に記入します。
次に、その社員がどの程度フォロー必要とするかもA、B、Cで分類します。フォロー不要で成果を出せる場合はA、フォローがあれば成果を出せる場合はB、フォローをしても成果が期待できない場合はCと、その評価を「/」の右側に記入します。
権限委譲を行ううえでは、「A/A」「A/B」「B/A」「B/B」と分類された社員に焦点を当てることが有効です。「C/C」の社員には、権限委譲を検討しない方が賢明でしょう。彼らに権限を与えると業務がうまくいかず、自己肯定感やモチベーションが低下するリスクが高いためです。
この分析を通じて適任者がいない場合には、新たな人材の採用も検討する必要があります。状況によっては、ステップ1とステップ2の順番が入れ替わる場合もあります。例えば、先に「田中さんに幹部になってもらいたい」と人選を行い、その後に任せる理由を明確にする順番です。
なお、自分のタスクを減らす「割り振り(delegating)」であれば、必ずしも任せる先は社内ではなくてもよい場合もあります。社外という選択肢も視野に入れておくとよいでしょう。
ステップ3:権限委譲を計画する
業務を任せたい人物を選定できたら、すぐに業務を任せるのではなく計画を立てます。重要なのは、任された社員が「うれしい、誇らしい」と感じる「代理(deputizing)」の状態を作るために、任せる業務とその意図を明確にすることです。
まず、業務を任せたい社員が普段どのような仕事を望んでいるのか、どんなスキルを磨き成長していきたいと思っているのか、社員の強みが十分に活かせる業務のタイプなど、社員のやる気スイッチをオンにできる要素を洗い出します。雑談やミーティングなどで得られる情報が手がかりになるでしょう。社員が何にやる気を感じるか、どんな成長をしたいかわからなければ、相手のやる気スイッチを入れることはできません。権限委譲を目指しながら、まずは雑談やミーティング、面談を通じて社員のことを理解する必要があるでしょう。
次に、任せる業務の内容を明確にします。まず任せたい業務をリストアップし、それぞれの業務をカテゴリー別に分けてラベリングします。例えば、顧客管理と取引先の新規開拓、マーケティング戦略の立案、取引先A社との交友関係作り、SNSの運営などのカテゴリーに分けます。そして各カテゴリーに必要な知識、経験、スキル、資格を明確にし、達成基準を設定します。つまり、具体的にどのような成果を期待するのか、クリアすべき数字や目標、理想的な状態をわかりやすく明記するのです。任せる業務を明確にする際に、付随して任せる裁量や意思決定の範囲まで決めておくことも重要です。この範囲を決めておくと、フォローの際に、任せた社員のモチベーションや混乱を招かないかかわりができます。
最後に、社員のやる気や成長志向と、任せたい業務が一致しているものを選定します。このステップをおろそかにすると、権限委譲の効果を最大限に引き出す「代理(deputizing)」ではなく、「投げ捨て(dumping)」や任せすぎによる社員の「落下(dropping)」を招くことになり、結果として生産性が低下してしまう可能性があるでしょう。権限委譲を成功へ導くために非常に重要な段階なので、丁寧に取り掛かりましょう。
ステップ4:社員とのミーティングを開き、実行計画を立ててもらう
計画が立てられたら、任せる社員と打ち合わせましょう。ミーティングではステップ3で作成した計画に沿って、なぜ今この業務を任せたいのか、そして任せられた社員が得られる経験やスキルを伝え、社員にとってステップアップの機会であると感じてもらうことが大切です。細かく検討された業務内容や期待される成果や目標を具体的に伝え、社員側のメリットも含めて認識を揃えます。
次に、フォローアップの流れを社員と一緒に設定します。定期的な進捗報告のタイミングや裁量の範囲を決めることで、任せた業務が順調に進んでいるかを確認し、必要に応じてサポートを提供できます。こうした取り組みによって、社員が1人で抱え込むことなく、安心して業務に取り組めます。
ミーティングで認識を揃えた後は、具体的な実行計画を社員自身に立ててもらいます。ミーティングを経て、業務を行ううえで不足している知識の習得、経営者からの必要な引き継ぎ事項などをリストアップし、習得までのスケジュールなどを組んでもらいましょう。また、実行からフォロワーアップのタイミングも、資料や共有データなどで作成してもらうとよいでしょう。社員が自ら計画を立てることで、業務を「自分ごと」として捉えやすくなり、モチベーションも高まりやすくなります。
ステップ5:計画をレビューし実行後、フォローアップを行う
社員が計画を立てられたら、経営者は社員の実行計画が現実的なものかをレビューしましょう。加えて、その時点で社員の抱える不安点や、難しいと感じたタスクなどを確認して、追加での情報提供やフォローアップの仕組み、任せる業務の一部見直しを行います。
実行していく中では、継続的なフォローアップが重要となります。定期的なミーティングや進捗報告を通じて、計画の進行状況を確認し、問題点が発生した際には迅速に対応します。フォローアップは、社員が目標に向かって順調に進んでいるかを見極めるためだけでなく、社員が感じる困難や疑問点を解消し、適切なサポートを提供するためにも大切です。
権限委譲を効果的に行うポイント
社員が主体的に意思決定を行える環境を整える必要があります。人は「自分で決める」ことにモチベーションを感じるものです。業務を任された社員が「うれしい、誇らしい」と思えるように権限委譲を進めるポイントを紹介します。
フォローのタイミングを見計らい、社員に「責任感」を持ってもらう
理想的な権限委譲である「代理(deputizing)」を実現するためには、責任と裁量をセットで任せることが重要です。社員に「責任感」を持ってもらうためには、経営者の関わり方もポイントです。社員に仕事を任せると進捗が心配になるものですが、その際に「あれはできた?」「これは大丈夫?」と、できていないことを洗い出したり、細かい部分まで介入したりすると、社員は任せられている感覚を得られず「責任感」が生まれません。
基本的には初めに合意した計画の進捗確認やフォロー以上には介入せず、業務がうまく進まず、社員のモチベーションが下がっているときにだけ介入して引き上げましょう。逆にモチベーションが高くても、方向性が間違っているときには軌道修正が必要です。これを実現・確認できる適切なフォローアップの仕組みを、始めに計画しておくことが大切です。
「決めるのはあなたです」と、裁量を曖昧にしないことが大切
権限委譲がうまくいかない例として、権限を委譲したにも関わらず、問題が発生すると経営者や上司が業務を引き取ってしまうケースがあります。任せた側の気持ちはよくわかりますが、この状態では、社員は「これは私の仕事ではなく上司の仕事だ」と感じ、責任感を持てません。
アドバイスをするのは良いですが、任せたなら、最終的な意思決定は社員に委ねることが大切です。「最後に決めるのはあなたです」と伝えるコミュニケーションを大切にしてください。
社員の強みを理解し、Win-Winの権限委譲を目指す
今回は、権限委譲には社員の「任されてうれしい、誇らしい」を生み出すことが重要とお伝えしました。この状態を作るためには日ごろから、社員の関心や強みを理解する、また相手に寄り添いながらも、相手の気持ちを動かすような対話力が経営者に必要になります。対話力を高めるためには、トレーニングが必要です。
例えば、アクティブリスニング(積極的傾聴)の技術を習得することで、社員の話をしっかりと聞き、理解する能力が向上します。また、オープンクエスチョン(開かれた質問)を使うことで、社員が自由に意見や感情を表現しやすい環境を作れます。こうしたスキルをトレーニングして、日常のコミュニケーションに取り入れることで対話の質が向上し、より深い理解が得られるようになります。
権限委譲を成功させるためには、社員をよく理解し、強みを活用することが欠かせません。強みを活かした業務を任せられれば、社員の「任されてうれしい、誇らしい」という感情を引き出すことができます。社員の強みを活用する具体的な方法については、「令和の育成は社員の強みを活かすマネジメントがコツ」でご紹介しているので、合わせてご覧ください。
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この記事の著者
弥報編集部
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この記事の監修者
近藤 浩充(株式会社ジェイック 取締役 教育事業部長)
大学卒業後、情報システム系の会社を経て入社。IT戦略事業、全社経営戦略、教育事業、採用・就職支援事業の責任者を経て現職。企業の採用・育成課題を知る立場から、当社の企業向け教育研修を監修するほか、一般企業、金融機関、経営者クラブなどで、若手から管理職層までの社員育成の手法やキャリア形成などについての講演を行っている。デール・カーネギー・コース認定トレーナー。昨今では管理職のリーダーシップやコミュニケーションスキルをテーマに、雑誌『プレジデント』(2023年)、J-CASTニュース(2024年)、ほか人事メディアからの取材も多数実績あり。
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