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事業承継・基本の「キ」実施方法や成功のポイントを学ぼう
2021.09.21
自分で立ち上げた会社を運営する経営者であれば、いつかは自分の子どもや親族などへの事業承継を考える局面を迎えるでしょう。事業承継は近年、中小企業が減少傾向にある我が国においては、GDPを上げる施策の一つとしても注目されています。
事業を他人に承継する方法としては親族だけでなく、親族以外の人間やM&Aを使った売却など、さまざまな選択肢があります。しかし中小企業経営者の多くは、親族への承継以外、知らないのが実情のようです。そこで今回は、いつか訪れる引退の時期を見据え選択肢を増やすために、税理士法人レガシィの天野 大輔氏と富永 拓氏の両名に、事業承継の具体的な進め方や成功のポイントなどについてお話を伺いました。
天野 大輔(公認会計士・税理士 税理士法人レガシィ副代表/代表社員パートナー)
1979年生まれ。公認会計士・税理士。税理士法人レガシィ副代表/代表社員パートナー。慶應義塾大学卒業、同大学院修了(フランス文学を研究)。情報システム会社でシステムエンジニアとして勤務。その後公認会計士試験に合格、監査法人兼コンサルティング会社に入り、会計監査、事業再生、M&A支援等を行う。その後日本で最大級の相続税申告数実績のある税理士法人レガシィへ入社。相続・事業承継対策の実務を経て、プラットフォームの構築を担当。2019年7月には会計事務所向けWebサービス「Mochi-ya」をリリース。2020年8月にはシニア世代向けWebサービス「相続のせんせい」をリリース。主な著書『改訂版 はじめての相続・遺言100問100答』(2017年、明日香出版、共著)。
富永 拓(税理士法人レガシィ 事業承継コンサルティング部 マネージャー)
前職の税理士法人では代表社員(共同)として法人部門を統括し、主に顧問先の事業承継や再生支援を担当。2019年1月税理士法人レガシィに入社し、事業承継部門の責任者として、年間数十件の事業承継関連案件を担当。
目次
中小企業における事業承継の課題
現在の中小企業における事業承継の件数やトレンドについて、教えていただけますか?貴社ではどれくらいのお問い合わせがあるのでしょうか?
天野:弊社が事業承継や相続の分野に特化した税理士法人であることが前提にはなりますが、弊社でお受けする純粋な事業承継に関するご相談件数は年間で100件前後です。その内訳は主に税理士の先生方や、金融機関からのご紹介。あとは、ホームページを見て直接お問い合わせいただくお客さまです。他にも相続のご相談が年間数千件あるため、相続のお手伝いの過程で事業承継関連のご相談に対応することも多いです。
事業承継はお子さまや従業員などが会社を継ぐことを基本としていますが、跡継ぎがいない場合のご相談も、この件数に含まれます。その場合「外部に売却する」「廃業する」といった選択肢の相談も対象です。
2018年以降、事業承継のご相談が増えました。その理由は「事業承継税制の改正」です。これを使う・使わないに関わらず、政府が大幅に緩和をしたというニュースが大々的に流れたことによって「事業承継のことを、本格的に考える必要がある」というムードになりました。
その結果、相談件数が以前と比較して飛躍的に増えました。そのため新たに事業承継相談の専門部署を立ち上げることにしたのです。依頼の数としては、おそらく5〜6倍程度は増えた印象ですね。
事業承継がどのような手続きなのか、基本的な部分を解説してください。
富永:大きく分けると2種類あります。1つは「株の承継」で、もう1つが「経営者、役員としての承継」です。
株の承継の場合、お子さまに渡すときに対価は発生しないのが一般的です。よって、贈与や相続で渡すというパターンが想定されるでしょう。一方、従業員を含めた身内以外の第三者へ渡す場合には、対価をもらうことが一般的ですから、いくらで売却するのかという問題が生じます。
また、事業承継税制などを使って経営者としての立場を引き継ぐ場合には、株の譲渡と経営者としての立場を譲渡する手続きを同時に行う必要があります。さらに、経営権は渡すけれど株はまだ先にするケースや、その逆に株の譲渡だけを先行するケースなど、さまざまな手続きが想定されるでしょう。
日本では事業承継がなかなか進まないと聞きますが、なぜでしょうか。
天野:事業を承継して一線を退くことに対して、オーナー経営者にご不安があるからではないでしょうか?
中小企業のオーナー経営者は、ご自分が創業者である場合が多いです。仕事一筋という方も多く、会社が自分の分身だと捉えている方がたくさんいらっしゃいます。早く渡さなくてはいけないと思いつつも、会社を引き渡してしまったら「後継者はきちんと自分の思いを継いで継続してくれるだろうか」「引退したら、自分の生きがいはどうなるのだろうか」と考えることは当然だと思います。
もちろん、割り切って65歳や70歳になったらお子さまや後継者にすべて渡して、自分は一切関わらないという方もいらっしゃいます。しかし、それはどちらかというと少数派です。
富永:弊社のお客さまの事例にはなりますが、実際に事業承継で株を渡そうと思っている方はご自身が病気であったり、実務を継続するには体力的にも支障が出てきたりしているケースがほとんどです。したがって経営者が元気なうちに一線を退いて、会社を渡して悠々自適に暮らすというのはレアケースでしょう。
やはり「ずっと会長職でいたい」「株だけは手放したくないと」いう気持ちが強い経営者が多いことを、我々も現場で痛感します。我々としてはできるだけそのお気持ちに寄り添いながらお手伝いをしています。
そもそも事業承継をすることには、どのようなメリットがあるのでしょうか。事業をたたむ場合との違いや、判断基準についても教えてください。
富永:事業承継のメリットは、自分が立ち上げた会社や事業が継続すること。また、そこに関わっている従業員や取引先などのステークホルダーが、守られるといった点が挙げられます。会社を継続したいという想いや、従業員の雇用を守りたいという意思がある場合には、だれか跡継ぎを見つけて事業承継を実施するべきでしょう。
しかし事業を継続させる場合は、会社にかかわる財産は会社の中で維持しなくてはいけないので、創業経営者の実入りという視点で考えた場合、思ったほどのリターンが得られないというケースも十分あり得ます。
一方で、清算して個人にお金を戻す場合には廃業。そして、両者の良いとこ取りができる可能性のある方法がM&Aです。M&Aを事業承継の1つとして捉えるのであれば、財産状況にもよりますが、清算した場合とM&Aが成功した場合で、先代の経営者の手元に入る金額が倍以上違ってくるケースもあります。清算すると会社にある財産を売却する必要があるため、その分法人税の負担が発生します。
また、配当という形で個人に還元した場合も、住民税や所得税が発生するので、その点も注意しましょう。M&Aの場合は単純に他社へ売却するだけなので、支払うのは譲渡税だけです。
どれが最適な方法か固定観念を捨ててフラットに判断するためにも、専門家に相談することをおすすめします。
いつどのようなタイミングで事業承継をおこなうケースが多いのか、主なきっかけはどのようなものかも教えてください。
富永:事業承継を「実施する」タイミングと、事業承継のことを「検討しはじめる」タイミングの2種類があると思います。
最近は新型コロナウイルス感染症による影響も大きく、事業承継の検討をはじめられる方が増えている状況です。「自分にもしものことがあったら」という考えが、より身近なものになっているのでしょう。少なくとも考えるきっかけにはなっていると思います。しかし、そのような方が本当に事業承継をするのかといわれると、それはまた別の問題です。
一方、事業承継を実施するタイミングとしては、病気などの理由で経営者として立ち行かなくなったことがきっかけになるケースが多いですね。
事業承継の進め方
事業承継の進め方として想定される「親族内承継」「親族外承継」「M&Aによる事業売却」について、それぞれどのようなものか解説をお願いします。
富永:親族内承継の場合は、財産と経営権をワンセットで後継者に渡すのが基本ですから、無償で渡すことに抵抗感がなく譲渡しやすい点が特徴といえるでしょう。ただし複数の相続人がいる場合は、そのバランスについて考える必要はあります。
第三者への承継の場合は、財産を適正な金額で渡すという問題が出てくるため、よりハードルが高くなるでしょう。M&Aは最も実入りが大きいので、経営者がお金にこだわるのであれば事業も継続できますし、この方法がベストです。
中小企業の事業承継で最も多いパターンは、どのような方法でしょうか?また、その理由も教えてください。
天野:数でいえば「親族内承継」が一番多いです。やはり自分のお子さまに継がせたいという方が多いですね。規模にもよりますが、まだまだ大半は親族内承継です。親御さんとしては大事な会社を信頼できる子供に託したい気持ちがやはり強いように思います。また子供としても、親孝行の一環として引き継ぐ事例もあります。
事業に金銭的価値がある場合・あまりない場合に関わらず、自分の子どもに引き継がせるのと、売却とを天秤にかけるケースはあまり見られません。
客観的に見ても、親族間で承継することに大きなデメリットはないと言ってよいでしょう。世界的にもファミリービジネスの研究が進んでいますが、利益率も親族内で進めたほうが高まるという分析結果もありますし、長期的や視野で物事を検討できる部分でもメリットは大きいと感じます。
事業承継には、引き継ぐべき3つの要素「経営承継」「資産承継」「知的資産承継」がありますが、それぞれどのような手続きを行うのか教えてください。
富永:「経営承継」とは、会社の経営を後継者に引き継ぐことです。基本的には代表権を引き渡す手続きなので、通常は取締役に後継者を入れて、しばらくしてから代表権を引き渡すパターンが一般的となっています。
「資産承継」は事業を行うのに必要な設備や、不動産などの事業用資産や債権、債務の承継を指します。株の引き渡しに関する手続きです。
「知的資産承継」とは、ノウハウをはじめとする知的資産全般を承継することです。そのため会社によってそれぞれなので、既にノウハウが共有されている方を後継者として設定することもあると思います。あるいは、外に出ていたお子さまを呼び戻して形式的に承継を行い、後々知的資産を承継するというケースもあるでしょう。
経営者に入るお金という視点でいえばM&Aが一番大きく、次に親族外承継、最後が親族内承継となります。もちろん親族内でも対価の授受をすることもありますが、レアケースでしょう。一般的にはこの順序です。一方、会社の文化などがそのまま引き継がれるという視点からは、この逆になります。
中小企業の事業承継を成功させるポイントと経営者の心構え
中小企業の経営者が事業承継を成功へ導くポイントを教えてください。
富永:まずは複数の選択肢を用意しておいたほうがよいでしょう。例えば経営者が65歳で、後継者が40歳という設定はオーソドックスに見えますが、実際には少し難しい部分があります。
というのは、経営者側からすると自分の体がある程度動くうちは経営を続けたいという想いがあるからです。しかしある程度の年齢になってくると、いろいろと不安もあるため、もしものときにはすぐ引き継いでくれる人が欲しいという要望があります。
一方、引き継ぐ側からすると40歳という年齢はちょうどよいのですが、先代の経営者が80歳までずっと元気だった場合、15年間後継者としての状況が続くのでもどかしさを感じることになります。そういった理由で、後継者として入った方が途中で辞めてしまうケースがありました。
自分にもしものことがあったときの備えと、元気だったときの老後の生活資金の備えが必要という部分において、事業承継はある意味、生命保険と同じようなものと考えられます。生命保険ではそれらを別々に考えますが、事業承継の場合はまとめて1人の後継者に担わせようとする方が多いです。
そのように捉えていると、失敗した時のリスクが大きくなります。「このパターンがダメだったときにはこう」「こういう風にいったときにはこう」など複数の選択肢を用意しておくことが、事業承継を成功させるコツと考えましょう。
事業承継を行う際には事業承継税制や補助金など、有効活用できる制度があると聞きましたが、中小企業の経営者におすすめなものを教えてください。
富永:「こういう制度があるから、おすすめですよ」という話はしていません。事業承継を実施するやり方に、その制度がマッチしていれば利用をおすすめしています。
事業承継税制は基本的に、事業を継続する限り贈与税や相続税の納税を猶予、または免除する制度のため、あくまでも事業を継続する会社であることが前提です。
これまでに使った会社の事例としては、創業100年以上の老舗の会社などが挙げられます。だれが引き継ぐかは分からないけれど、家業としてずっと継続することが決まっているような事業ですね。また、高額な不動産などを事業の根幹として保持しており、通常の承継では税負担が重すぎる会社の場合は、使わざるを得ないケースもあります。
さらに事業承継税制を適応する場合は、株価が1億円以上や5億円以上といった高額な会社でなければメリットが薄くなります。
要件的にも株を後継者へ一気に渡さなくてはいけないので、思い切りのよさがないとなかなか話が進まない傾向にあります。国が作った趣旨としては「早く後継者に株を渡してイノベーションを起こしてほしい」「新陳代謝を活性化したい」という目的があるので、株と経営権を同時に渡すことが要件となっていますが、承継税制に興味はあっても株は渡したくないという経営者の場合、この税制は使えません。
従業員が5名〜15名程度の会社で事業承継税制を適応するのは難しそうですか?
富永:事業にもよりますが、一般的には難しいと思われます。先ほど申し上げたような株価が高い会社は、なかなかないと思われるからです。しかし、だからといって事業承継をしないほうがよいわけではありません。
天野:事業承継税制を利用しない場合は、生前に毎年株を少しずつ渡す方が多くいらっしゃいます。というのも年間110万円までは無税で財産を渡してOKという、暦年贈与と呼ばれる制度があるからです。ところが2020年の秋あたりから与党の税制調査会で、相続税と贈与税を一体で捉えるべきだという議論が高まっており、この方法では税金メリットが出なくなる可能性が出てきました。
相続の際、これまで贈与したものまで取り込まれる形になると、税金が高くなるわけです。まだ詳細は決まっていませんが、おそらく相続時に取り込む期間がこれまで亡くなる前の3年間だったものが、5年や10年といった形に延長され、元気だったうちに贈与したものも相続のときに取り込まれるルールになるのではないかと予想されます。
では、それに対してどうすればよいのかという点についてですが、やはり改正前に早めに一括して贈与することを検討してみることです。その方が税金としても得になる可能性が高く、事業承継も進みます。ただ、あくまで検討であり、実行する際は専門家に相談したほうが良いと思います。
従業員が5名〜15名程度の会社でM&Aが成功するケースとしては、どのような条件が考えられますか?
富永:M&Aは基本的に売却ですから、買い手があって初めて成立する話です。買いたいと思うもの、例えば相手が引き継げるような独特なノウハウなどが必要と考えましょう。
売り物、つまり独特なノウハウが会社に所属しており、経営者が辞めた後もそれが成立する形でなければM&Aは成立しません。会社を引き渡す場合に、ノウハウが経営者の頭の中にしかないケースや、辞めた後に会社に残っていない場合は会社の価値は大幅に減少すると考えましょう。
天野:もう1つは将来性です。将来性が感じられないと、買い手はなかなかつきません。今は赤字でも、事業内容やサービスなどが時代に即していて、すぐに収益化できそうな企業やシナジー効果を生めそうな企業であることが重要です。
富永:また小規模な会社の場合は、買い手からすると財務体質などはあまり重視しないと思われます。会社に現預金などがいくらあっても、M&Aをしたときに経営者の退職金になってしまったり、残っていたとしてもその分を買値に加算したりするだけの話となるためです。
小規模の会社の場合は独特のノウハウ、相手が引き継げるようなものがあることが魅力なので、その部分を磨いていくことが重要だと思います。
中小企業の経営者が事業承継を検討する場合、どこに相談するべきでしょうか?
天野:べきというのはないですが、1つは顧問税理士という選択肢です。事業承継は法律・税制や会社の財産・業績の理解が大事なので、状況を考えていろいろ検討したい場合は顧問税理士になるかと思います。顧問税理士が資産税専門の事務所と提携している場合には、その事務所のサポートも受けられます。
他の選択肢としては金融機関やM&Aの仲介会社です。金融機関の場合、事業承継にあたって融資が必要な場合はスムーズです。はじめからM&Aありきで急ぐ場合は後者になります。
最後に、いつかくる引退を見据えて知っておいてほしい、事業承継の心構えについて教えてください。
天野:オーナー経営者の方々は、ご自身で会社を築き上げてこられているため、いつかは事業承継をしないといけないとわかっていても、いざ検討すると手放したくないという想いがより一層強くなるかと思います。しかしこれまでご自身が成長させてこられた事業を、より良い形でその思いを引き継いでもらうという視点も大切です。代表を引退してもこの部分だけは生きがいとしてやりたいというお気持ちを後継者の方に事前に伝えておくのも大事だと思います。
そして後継者がいらっしゃる場合、後継者の方は先代経営者の複雑な思いに寄り添うことが大事だと思います。お互いが我慢するのではなく、楽しみに感じるような事業承継になるのが理想だと思います。
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