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中小企業も対応必須!70歳定年制度とは?【2021年4月スタート】

2021.07.15

現在、日本では少子高齢化による労働人口の減少に歯止めがかからず、政府は働き方改革を推進して企業の生産性向上を励行しています。また、定年退職の時期をこれまでの60歳から70歳に引き上げる「高年齢者雇用安定法(70歳定年制度)」の施行も、2021年4月からスタートしました。製造業や建設業など、職人を抱える一部の中小企業では、既に70歳以上が定年と設定されているケースも多いでしょう。

しかし、本制度が導入されると、すべての中小事業者が対象となります。主力メンバーが比較的若い傾向にあるエンジニアや事務、飲食店など、現在導入していない業界でも本制度がスタンダードになった暁には、給与制度改定や年功序列型賃金廃止などの対応が迫られるため、大きな影響が予想されるでしょう。定年70歳制は、多くの中小企業にとって避けられない検討課題なのです。

そこで今回は高年齢者雇用安定法、以後70歳定年制度としますが、本制度の概要や中小企業に与える影響、そして義務化などに備えて準備しておくことについて、大谷・佐々木・棚田法律事務所の弁護士である棚田 章弘氏にお話を伺いました。

中小企業も対応がマストとなる「定年70歳制度」とは

そもそも「定年70歳制度」とは、どのようなものなのでしょうか?

定年70歳制度は簡単に言えば「65歳以降も働けるような制度を作る努力をしましょう」というものです。

まず、従前からの65歳までの雇用確保措置を講じる義務は維持しつつ、65歳以降の就業を確保する努力義務が企業に課されます。65歳までの雇用確保義務とは、以下いずれかの制度導入が義務化されるということです。

  • 定年の延長(60歳以下の定年は不可)
  • 希望者全員に対する雇用継続制度
  • 定年の廃止

一方、努力義務にはなりますが、65歳以降の就業確保措置として以下いずれかの対応も必要になります。

  • 70歳までの定年引き上げ
  • 70歳までの継続雇用制度の導入
  • 定年廃止
  • 創業支援等措置の導入

なお、70歳定年制度の導入はすべての企業が対象になるため、中小企業も例外ではありません。

70歳定年制度が検討された背景を教えてください。

背景としては、まず少子高齢化による労働人口の減少が挙げられます。高齢者の労働力を活かすことで労働力を確保し、経済の発展を図る必要があるのです。

次に、高齢者の増加により社会保障費が増大する一方で、社会保障制度を支えている労働人口の減少が進んでいる状況も影響しています。このまま高齢者が増え続ければ、社会保障制度の維持は困難でしょう。

したがって、持続可能(サスティナブル)な社会保障を維持するために、定年を延長し70歳までの高年齢者を労働人口にすることで、社会保障財政の維持を図る必要があるのです。年金についていえば、原則、男性は2025年以降、女性は2030年以降、65歳より前に受給できなくなります。

70歳定年制度の施行はいつ始まるのでしょうか?また、多くの企業が対応しなければならないのはいつ頃になるのでしょうか?

70歳定年制度は、既に2021年4月から施行開始となっています。しかし現状は努力義務ですから、すぐに対応が必要なわけではありません。

努力義務から義務化に変更になる時期に関しては、現時点では未定です。ただし、これまでの高年齢者雇用安定法改正の流れや社会保障改正の流れから鑑みると、将来的に義務化される可能性はきわめて高いでしょう。

現在、嘱託(しょくたく)雇用などの制度を実施している企業もあると思いますが、70歳定年制度と比べた場合にどのような違いがありますか?

65歳までについては、これまでと変わりません。ただし65歳以降で、先ほど紹介した4つの制度を構築する努力義務が発生します。65歳までが義務、65歳以降は努力義務というのが違いですね。

再雇用は努力義務になるため、65歳以降の就業を希望する全員に対して継続雇用措置が必要ではありません。企業側としては、条件を満たす場合に雇用が可能ということです。

また、就業規則の解雇事由や退職事由に該当する場合は、雇用継続する必要はありません。しかしこれは、あくまで現時点の話で、努力義務とされていることが前提ですから、今後義務化された場合には状況は変わるということも理解しておきましょう。

定年70歳制度によって中小企業が受ける影響

定年70歳制度の施行は、中小企業にどのような影響を与えるのでしょうか?

現時点では努力義務ですから、直ちに大きな影響があるとまでは考えにくいです。しかし、将来的に義務化される可能性は高いので、今のうちから企業内でどのように制度設計をしていくのか方針を決定しておく必要はあると思います。

戦力としての雇用か、または法律の要請に基づく形での消極的な雇用かによっても、方針は大きく異なるでしょう。

義務化された場合、中小企業に最も大きな影響を与えるものが「同一労働同一賃金」の考え方です。「高齢者だから」という理由だけで、賃金を引き下げることは難しくなります。つまり継続雇用することによって、企業側の賃金負担が大きくなるということです。

義務化されたときに備え、現在の賃金体系で耐えられるかをあらかじめ検討しておく必要があります。特に賃金の引き下げを検討する場合には、注意が必要です。

高年齢者の賃金に関する最高裁判例としては、各種手当の性質ごとに待遇差が不合理か否かを判断された結果、「老齢厚生年金の支給」を理由に待遇差を不合理ではないとしたものがありました。判例としては、長澤運輸事件(最高裁判所第二小法廷2018年6月1日裁判所HP参照(平成29年(受)442))などがあります。しかし今後、年金受給年齢が原則65歳になることによって、老齢厚生年金支給が合理的な理由に該当しなくなるため、待遇差が不合理と判断される可能性は十分にあるでしょう。

「現時点では努力義務だから」という理由で賃金体系の見直しを怠ると、いざ義務化されたとき、トラブルに発展する可能性があります。したがって、努力義務とされている現時点から、将来の義務化に備えて動くことが大切です。

賃金や社内人材の年齢構成バランスにも影響が出そうですね。

高年齢の従業員が増えるため、年功序列的な賃金体系の場合は、人件費増となる可能性が高いです。また定年が遅くなることで、新卒・中途採用を問わず、新規の人員確保が困難になるでしょう。その結果、組織の新陳代謝が遅くなることも想定されます。

70歳まで高いモチベーションを維持して働けるのかと疑問な部分もありますが、そのあたりはどのようにお考えでしょうか?

多くの企業が定年延長や廃止ではなく、再雇用制度を導入すると思われます。再雇用制度では「希望者」を再雇用するという性質上、働くモチベーションが一定以上あることが前提となるため、大きな問題はないでしょう。

一方で企業側としても、やりがいをもって仕事をしてもらえるように、業務内容を考慮することが必要と考えましょう。

70歳になると健康面も心配だと思いますが、どのような影響が考えられますか?

個人差はありますが、高齢化によって身体能力や判断力は低下する傾向がありますので、勤務中の事故や判断ミスは起こりえるでしょう。そのため、職場の安全性や利便性を考慮しながら、労働環境を整えていくことが重要になります。

  • 安全衛生の方針を策定する
  • 個々の労働者から健康状態のヒアリングを実施
  • 設備面の確認(バリアフリー、補助器具の導入、明るい照明など)
  • 健康診断を通じた健康状態の把握
  • 健康面に配慮した適切な労働条件、職種、職務内容のアサイン
  • 職業訓練、業務量の調整
  • 安全教育(文字ではなく、図表なども利用)
  • 体力、判断能力維持のための措置(ラジオ体操など)

また、突然の就業不能という事態も想定しておかなくてはいけません。したがって、引継ぎ事項が多い業務を避けるために、後進の指導などを中心に据えるといった工夫も必要になるでしょう。

雇用契約や就業規則を見直す場合に留意するべき点はありますか?

定年を延長する、または廃止するケースであれば、従業員側から大きな反発が出る可能性は低いでしょう。ただし雇用契約や就業規則を見直す際の指針には、労働組合や労働者の過半数の同意を得ておくことが推奨されます。就業規則の変更については、労働組合、労働者の過半数代表の意見を聴くことが必要とされており、同意を得ることは義務ではありませんが、同意を得ておくことで後の紛争発生時にも企業側には有利に働きます。

賃金については、同一労働同一賃金を意識して条件を決めることが必須です。また有期再雇用制度の場合には、無期転換にならないように、有期雇用特別措置法の都道府県労働局長の特例の認定を受けることも忘れないようにしてください。

定年70歳時代に備え中小企業が準備するべきこと

前述の「人件費増の可能性もある」というのは、中小企業にとって気になるポイントかと思います。給与制度に関してはどのように捉え、準備を整えるべきでしょうか?

現在でも多くの企業が、65歳定年または定年後再雇用の制度を導入していると思われますが、単純にそれが70歳まで引き延ばされると考えてください。ただし同一労働同一賃金の原則を基準に考え、年齢的要素ではなく能力や職務に応じた賃金制度への見直しを検討する必要があります。したがって年功序列式ではなく、役職手当などの手当を利用した賃金制度への移行が増えるかもしれません。

ただし手当については、残業代算定の基礎とされる可能性もあるため、なんでも手当にしてしまうのはリスキーです。専門家としっかり打ち合わせて、内容を決めていく必要があります。

退職金が高くなることも予想されますが、企業側で対策するべきことはありますか?

こちらに関しては、状況に応じて対応を講じる必要があると考えましょう。

まず再雇用制度を採用する場合は、現在と同じ定年の段階で退職金がいったん支払われるため、影響はありません。また再雇用後についても、退職金制度を設けないことで退職金を2度支払うことは回避できるでしょう。

一方、定年延長や廃止の場合には、退職金が高額になることが予測されます。よって定年延長を見込んで、退職金制度を再設計することが必要です。

なお、前回の改正時には継続雇用制度を導入したケースが8割程度で、残りの2割弱が定年の引き上げを実施しています。

人事制度や役職定年などの制度を見直す際には、どのような点に気をつけるべきでしょうか?

まず年功序列制度を採用している企業は、トラブルの原因になりやすいので、早急に見直すことをおすすめします。制度を見直す際には、同一労働同一賃金の原則を意識しましょう。

定年延長や廃止は大きな問題にはならないと思いますが、再雇用制度を利用して賃金の引き下げを図る場合には、同一労働同一賃金の原則が壁になり得るでしょう。賃金体系の見直しを図り、同原則に反しないような賃金制度にするか、再雇用の場合に職務内容、職責を変更するといった工夫が必要になります。

今回のタイミングで、年功序列制度を再考しようとする経営者も増えることが予想されます。労働紛争に発展させないために留意するべき点について、アドバイスをいただけますか?

今までよりも不利益になる場合には、労働条件の不利益変更に該当するため、従業員からの反発が予想されます。したがって、事前に不利にならないような措置を講じておく必要があると考えてください。

例えば、成果報酬に変更する場合であれば「頑張れば頑張っただけ給与が増える」ことを従業員に説明し「これまでの実績から判断しても、同等の給与額になるだろう」と説明できればベストです。つまり、極端に不利益にならないように注意して、今まで通り働いていれば今までと同じ給与額になるという制度にしておくことが求められます。

また、会社の経営状況が芳しくない場合には、現状について伝えられる範囲で伝えることも重要です。事前に十分な説明をすることで多くの従業員の納得が得られれば、大きな問題には発展しないでしょう。

70歳定年制度は人手不足解消をはじめ、長く務めてきた社員のスキルや人脈を最大限活用するという意味で、企業にもメリットとなります。前向きに社内環境を整えておきましょう。

この記事の著者

弥報編集部

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この記事の監修者

棚田 章弘(棚田法律事務所 弁護士)

中央大学法学部卒業。清水総合法律事務所入所、大谷・佐々木・棚田法律事務所を経て、2024年棚田法律事務所を開設。
一般民事、企業法務を問わず、広く事件を扱っており、特に専門分野を絞らず幅広い相談に対応。日頃から相談しやすい事務所、アクセスが容易な事務所を目指し、業務に従事。

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