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【実施前に知っておきたい】家業を継ぐときの注意点

2022.11.08

著者:弥報編集部

監修者:久保 道晴

少子高齢化の影響で、親族内承継を実施するケースが増えています。その際、経営者のご子息が跡継ぎになることも多いです。これまで先代とともに経営に携わっていたご子息であれば、大きな問題はないかもしれません。しかし、業界知識や経営スキルがまだ身に着いていない方の場合、なんらかのリスクが発生する可能性は高いでしょう。

そこで今回は、事業承継に対する深い知見を持つ久保公認会計士事務所の久保 道晴さんに、経営者のご子息が事業承継をするときの注意点や、スムーズに事業承継を実施するポイントなどについてお話を伺いました。


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よくあるトラブルは?ご子息が家業を継ぐ際の注意点3つ

経営者のご子息が自ら「事業を継ぐ」という意思を固めた場合、先代にはどのように相談するべきでしょうか?

先代の反応によってその後の対応が変わるため、まず「改まった場面で会社を継ぎたいことを明言すること」が必要です。先代とマンツーマンでもよいですし、ご家族や役員、幹部従業員が同席している場でもよいでしょう。

「その言葉、待ってました!」という方もいれば「もうこの会社は先がないからやめるべきだ」「お前には無理だ」など、さまざまな反応が想定されるので、事業を継ぐという意思を伝えてみなければ、先代の考えはわからないと思います。

例えば、ご家族で会社を経営されている場合は、お盆やお正月などご親族と食事をする席の終盤に、会社を継ぐことを伝えるのがおすすめです。その場で承諾が得られた場合は、記念写真を撮って形に残しておくと、バトンを渡す決意表明にもなります。


その場で断られたり渋られたりした場合、ご子息はどうするべきでしょうか?

何度も諦めずに「どうしても会社を継ぎたい」という意思を示しましょう。そうしなければ、先代にも伝わりません。この段階で諦めてしまうようなご子息であれば、今後の会社経営に伴う苦難を乗り越えられない可能性が高いと考えられます。「自身が試されている」という意識を持つべきです。

また、先代の社長に会社を継ぎたい理由を明確に伝える必要もあります。内心は非常に喜んでいても、さまざまな理由をつけて、すぐには承諾しないケースもあるでしょう。例えば「この地域はおしまいだ」「この産業に将来はない」「せっかく安定した職についているのだから、手放すな」といった理由で断るのですが、内心は嬉しいケースも多いものです。

例えば、都内のITベンチャーで働いていたご子息が忙しさを理由に出戻るケースなどは、挫折して稼業を継ぐことになるため、社長としても困るわけです。ご子息は、ただ会社を継ぎたいというだけではなく、本気度を整理したうえで、継ぎたい理由を明確に伝える必要があると考えてください。


ご子息が事業承継する事業の業界とはまったく違う業種で働いていたケースや、経営の知見をまったくもたないケースもあると思います。この場合、どのような点に注意して親族内承継を進めるべきでしょうか?

ご子息側が注意するべきポイントは、以下の3点です。

注意点1:先代社長の功績を否定しないこと

ご子息が今後のプランを描くことはよいのですが、その際に先代の社長がこれまでやってきたことを否定してはいけません。「時代遅れだよ」「古いよ」といった視点で、これまで何十年も継続してきた形を否定することは、従業員からの反発を買うリスクがあります。

どれほどアナログなやり方に見えたとしても、ここまでうまく回ってきたことは事実です。ご子息は一度それを引き継いだうえで、自分のカラーを少しずつ出していきましょう。最初から自分のカラーに染めようとすると、先代や従業員からはこれまで築いてきたものを壊されるのではないかと不安になります。ご子息は、これまで成功してきたノウハウを習得するために、教わる姿勢が大切です。

注意点2:従業員を下に見ないこと

中小企業のご子息の中には裕福で高学歴な方も多いため、語学やIT、プレゼンなどが堪能な場合があります。実家の事業に帰ってくると、中卒や高卒の従業員がいる場合もあり、学歴に差が出る可能性もあるでしょう。そのような場合に、ご子息が従業員を下に見ることも絶対にNGです。

また後継者だからといって、社長のように振る舞ってはいけません。社長出勤や特別待遇も避けるようにし、従業員に偉そうな態度をとらないようにしましょう。

ご子息が1人の従業員として働くという意味では、形から入ることも大切だと思います。例えば、現場の従業員と同じ服装で働くのもおすすめです。現場の従業員が作業服を着ているのに、ご子息だけスーツを着ていたら、同じ気持ちは共有できないでしょう。

注意点3:外部の研修やセミナーで経営ノウハウを学ぶ姿勢を持つこと

現場の知識だけでは経営はできませんから、ご子息自身が外部の研修やセミナーなどに参加して自己学習を進めることも必要です。先代が60代くらいと比較的若く、事業承継までに期間がある場合は、同業他社にお願いして修行させてもらえると、さらに良いでしょう。他社の成功事例を体験することで、多くの学びを得ることが可能です。

ご子息に経営の知識や経験がまったくない場合は「中期経営計画を作る」のもおすすめです。中期経営計画は、会社が何を大事にしていて、今後どうしたいかというものを整理する有効なツールだといえます。

例えば市場環境の分析が必要な場合は、営業の担当者に話を聞く必要があるでしょう。資金繰りの話であれば経理担当者、経営理念や組織論は経営者など、社内のさまざまな方から指導を受ける必要があります。中期経営計画を作る最大のメリットは、社内の従業員とコミュニケーションをとる機会を持てることです。ご子息が会社に関する情報を幅広く集め、俯瞰的に物事を見る練習にもなります。そういったやり取りを重ねながら「この人の世代になったら会社がおもしろくなりそう」と従業員に思ってもらえるように、うまくコミュニケーションをとるように心がけてください。

まったく知識がなく、いきなり中期経営計画を作成するのが難しい場合は、顧問税理士や商工会議所などに相談してサポートを受けることを視野に入れる必要もあります。

なお、会社の経営状態に余裕がある場合は、ご子息が作った中期経営計画で失敗経験をさせることも有効です。


親族内承継を実施するときの、よくあるトラブル事例を紹介してください。

ご子息が親族内承継を進めるときに、よくあるトラブルは以下のようなものが挙げられます。

  • 先代社長がなかなか経営から退かない
  • ご子息が従業員から反感を買う
  • 事業承継の準備中に先代の健康状態が悪化
  • 他の相続人との遺産トラブル
  • 会社の経営状態悪化

など

これらに加え、事業承継をするつもりでご子息が入社したものの、なかなか承継が進まないというトラブルも散見されます。例えば、ご子息が実際に会社の状況を確認していくと「まったく将来性がない」「ベテラン従業員が数年後に多く辞める」「思っていた以上に借入金が多い」などの不安要素が浮上し、途中で転職してしまうようなケースもあります。今後のキャリアや家族との生活などを考慮して、潰れそうな会社を無理に継ぐよりは、サラリーマンとして安定した収入を得る方ほうが良いと判断することは普通だと思います。

経営状況が悪い会社を親族内承継する場合には、ご子息が事前にどのような状況かを把握し覚悟を持ったうえで臨んでもらえないと、うまくいかない可能性が高いでしょう。

承継に必要な時間やプロセスは?親族内承継を進めるにあたって準備しておくべきこと

これまで別業種で働いていたご子息が事業承継を行う際には、どのようなステップで準備を進めるべきでしょうか?

まず会社を理解するために、主要な現場をそれぞれ1年間程度かけて経験しておくことが必要と考えてください。

現場経験のないご子息がいきなり社長としてやってきても、現場の従業員から「何も知らない」と反感を持たれ、素直に指示に従わなくなる可能性もあります。

そういった状況を避けるためにも、売上や生産に直結するような部署で最低1年は働きましょう。1年かけて、繁忙期と閑散期を経験し、一番忙しい時期に、従業員と一緒に汗を流して苦労することが重要と考えてください。これが今後のリーダーシップや求心力につながります。


事業知識の吸収や経営について理解を深めるためには、どのようなプロセスが必要でしょうか。

会社の数字や管理を学ぶ必要がありますから、財務や総務、人事といった部門の経験を積めるとよいでしょう。しかし小さな企業では、そのような部署が存在しないケースも多いと思います。その場合は、速やかに社長の管理業務を手伝いながら、外部の方と接触することが得策です。

顧問税理士や金融機関、取引先の社長などと打ち合わせを行うことによって、ご子息が社内とは違う緊張感にさらされることになります。自分に足りない知識や経験を実感できる、良い経験となるでしょう。

また、ご子息が事業承継をする場合は、嫌な仕事を率先して経験しておくことが大切です。例えば、売上債権が滞っている取引先への回収業務などは、きつい仕事の代名詞といえるでしょう。そのため自身が経験していれば、社長になったとき従業員に対して「A社の債権回収できてないよ!」と、簡単に言ったりすることはなくなります。

その会社における困難な業務をいち早く経験しておくことが、社長の入り口だといっても過言ではありません。できるだけ先代社長がいるうちに、経験を積んでおきましょう。トラブルに発展したとしても、先代社長が出てくれば解決できる可能性は高く、リスクヘッジできるメリットもあります。

ご子息は自分のレベルを客観的に判断することが難しいので、同じような2代目の仲間を作るための活動も重要でしょう。例えば、商工会議所などが主催する「後継者向けのセミナー」などに参加して、ネットワークを広げる方法が一般的です。2代目の悩みは共通するものも多いので、ベンチマークにできる仲間を作ることは自身の成長にとっても有用でしょう。

(参考)
「イベント・セミナー」東京商工会議所


ご子息への株式・財産の分配も重要なポイントです。しかし、経営者が相続対策をまったく行っていない場合には、ご子息が事業に必要な財産を承継できないリスクも考えられます。その場合、ご子息はまず何から始めるべきでしょうか?

ご子息が相続の話をしても、社長が腰を上げないケースも多いので、第三者の力を借りる方法がおすすめです。

例えば、社長と長年付き合いのある税理士から「きちんと相続対策しないと従業員を守れませんよ」「今対応しておかないと余計な税金がかかりますよ」とアドバイスされて動くケースもあれば、経営者仲間からのアドバイスで動くケースもあるでしょう。だれの意見によって動くのかは社長によって違いますので、商工会議所の経営指導員や各都道府県の業承継引継ぎ支援センターなど、さまざまな方法を試してみる必要があります。

また、相続を検討する際には、先代が高齢になるにつれて認知症の問題も考慮に入れる必要が出てきます。社長が認知症になると自身で物事を判断できず、契約行為が困難になります。そうなってしまうと株式を動かすハードルが非常に高くなり、株主総会決議も意味をなさなくなってしまう可能性が高いでしょう。

後見人をつければ契約は可能ですが、成年後見制度は財産を守るための制度であり、株式を移動させるハードルが高いことがデメリットです。後継者を明確化する必要があるため、兄弟がいると相続を進めにくいうえに、先代が存命のうちは相続が発生しないので、最悪の場合5~10年程度の期間は事業承継が進まない可能性もあるのです。

近年はこうした課題を解決するために、家族信託や任意後見制度といった手続きが準備されています。司法書士などに相談しながら、こうした制度を活用してリスクヘッジすることが大切であると考えてください。

親族内承継時に必要な手続きや書類について

親族内承継を実施する際、必要な手続きや書類にはどのようなものがあるのでしょうか。

親族内承継を実施する際には、まず自社株評価の手続きを行う必要があります。大幅な債務超過の会社であれば別ですが、基本的に自社株評価を行わなければ、今後の対応方針を決められません。

私がおすすめしたいのは、B/S(貸借対照表)と固定資産税評価だけで、土地と建物を評価しなおして純資産価額ベースで求める、ざっくり自社株調査です。「上限の評価額はこれぐらいだろう」という目安になると思います。ただし一般の方には難しいと思うので、顧問税理士に相談し、評価してもらったほうがよいでしょう。

ここで注意してもらいたいのは「債務超過だから、株価はつかないだろう」と決めつけないことです。例えば代々続く会社の場合、土地の帳簿価額は非常に低いことがあるので、自社株評価すると想定以上に株価が上がる可能性もあります。そのため自社株評価の手続きは、親族内承継のファーストステップといえるでしょう。

親族内承継の手続きに必要な費用

親族内承継を実施する際の費用感についても教えてください。

自社株評価の費用相場は会社の規模によって変わりますが、15〜30万円程度だと思います。顧問税理士の場合は、顧問報酬のオプションなのでもう少し安いかもしれません。

自社株評価を実施すると、税理士から生前贈与や相続対策の営業をされることが一般的です。贈与税の申告手続きを行う場合には、5〜10万円程度の費用が必要でしょう。贈与や譲渡の際に名義変更を行う場合は、司法書士への依頼費用が5〜10万円程度かかります。

一方、相続対策を行う場合には、公正証書遺言を作っておくことも必要です。これは2〜5万円程度かかると思います。

小規模な会社であれば、ほとんどの業務が税務関係で収まるので、顧問税理士に依頼することが多いでしょう。また、士業のネットワークも税理士を中心につながっているケースが多いので、司法書士などに手続きをお願いする際にも便利です。

外部の専門家にも頼ろう!ご子息への親族内承継をスムーズに進めるポイント

「会社を継ぎたい」と先代に伝えて親族内承継するケースで、困ったときにご子息はだれに相談するべきでしょうか?

事業承継の相談先としては「事業承継・引継ぎ支援センター」がおすすめです。親族内承継の場合は、事業承継計画の策定支援が受けられます。

事業承継計画を作っても、うまくいかないケースは多いです。しかし、計画を作ることによって、事業承継をするうえで何が必要なのか整理できる点が大きなメリットとなります。例えば「うちは税理士に相談すればOK」「株式が分散しているから弁護士への相談が必要」など、次の相談先が整理できるため、事業承継・引継ぎ支援センターの活用は有用です。

事業承継・引継ぎ支援センター以外の相談先としては、顧問税理士が身近だと思います。ただし、すべての税理士が事業承継に強いわけではありません。顧問税理士に話を振ってもいまいちの場合は、専門で対応している事務所をみつけて相談するべきでしょう。その際には、できるだけ多くの実績がある事務所を選ぶことが重要です。


いざ承継を行う場合、ご子息への親族内承継をスムーズに進めるためのポイントを教えてください。

親族内承継をスムーズに進めるためには、外部の専門家に関わってもらうことがポイントです。

事業承継の緊急度は低いケースが一般的なので、仕事が忙しくなったり、新型コロナウイルス感染症対策などの緊急事態に追われたりすることで、後回しにされるケースが多くなります。しかし、外部の専門家に定期的な進捗確認を行ってもらえれば、成果報告をしなくてはいけないため、着実に事業承継を進めやすくなるでしょう。

費用は発生しますが、着実に事業承継を進めるためには、外部の専門家を介入させることがきわめて有効です。タスクが明確になり不明点も都度質問できるため、外部の専門家をぜひ活用してください。


経営者のご子息が事業を継ぐ場合、従業員や取引先などへの跡継ぎとしての紹介が必要だと思いますが、実施時の注意点などがあれば教えてください。

社長のご子息が後継者になることを、従業員や取引先に跡継ぎとして紹介する場合は、きちんと明文化することが大切です。

例えば、先ほどお話した中期経営計画の発表会を設け、その中で社長交代のセレモニーを実施するケースが考えられます。ご子息が「今後このような会社にしていきたい」という想いを語ったあとで、社長交代の発表をセレモニーとして行うことによって、世代交代の節目となるでしょう。

社内外の発表は別々でも同時でもよいのですが、セレモニーとして行うことが重要です。このとき、中期経営計画の内容が先代社長のお墨付きであることを伝えれば、従業員も納得しやすいと思います。

明文化しないまま、先代社長と180度違う方針のアイデアが次から次に飛び出すと「この会社大丈夫か?」と従業員に不安を与える可能性が高いでしょう。新社長は明文化したうえで1つずつ有言実行していき、社内外から信頼を得ていきましょう。


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この記事の著者

弥報編集部

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この記事の監修者

久保 道晴(久保公認会計士事務所 代表)

東日本大震災時の中小企業再生支援で後継者育成の重要性に気付き、事業を後継者育成に特化。公認会計士・税理士・中小企業診断士の「3つの資格」で、会計戦略・財務戦略・経営戦略の面から育成支援を行う。

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