- 事業成長・経営力アップ
元スタバCEO岩田松雄が教える、スモールビジネスも実践すべき「ミッション経営」
2020.10.07
アトラス、タカラ、イオンフォレスト(THE BODY SHOP JAPAN)、スターバックスなど国内外の名だたる企業で、経営を成長軌道に乗せてきたリーダーシップコンサルティング代表の岩田 松雄氏。「ミッション経営は中小企業こそ必要」と話します。コロナ禍の中小企業の経営について、リーダーのあり方と絡めてお話を伺いました。
目次
危機的状況の今は「トップダウン型」のリーダーシップを
現在、新型コロナウイルス感染症は各国経済に大打撃を与えています。日本でも特に中小企業において、業界によっては存続の危機を迎えています。この危機的状況で、ヒト・モノ・カネという経営資源の限られた中小企業の経営者は、どんなリーダーシップを発揮すればいいのでしょうか。これからの時代のリーダーのあり方についてお話ししていきます。
まず経営者のリーダーシップについて考えるときに、1960年代にアメリカで生まれた「コンティンジェンシー理論」があります。これはどんな状況でも通用するリーダーシップのスタイルは存在せず、良きリーダーは環境や部下の特質を見てリーダーシップのスタイルを変えているという理論です。
この理論の概要を少しご説明します。
リーダーシップには大きく分けて「サーバント型」と「トップダウン型」など大きく4つの種類があります。危機的状況ではトップダウン型、平常時はできるだけ社員をサポートするサーバント型のリーダーシップを取るといいでしょう。皆で議論し合い、衆知を集めて、経営に参加している意識を持ってもらう。これは社員の主体性を育てることにもつながります。
どのスタイルが良いか考えるには、リーダーは、まず現在組織を取り囲んでいる環境を考えなくてはなりません。例えば、コロナ禍の危機的状況の中小企業では、トップダウン型の強いリーダーシップが必要です。戦時中のように「狙え」「撃て」「進め」と命令して統率する強いリーダーシップが必要です。私が関係しているオーナー企業のトップは、真っ先に自分の給料を下げました。こういった率先垂範型のリーダーが求められます。
もちろんトッププダウン型にはデメリットもあります。オーナー社長にありがちな強いトップダウンでは社員が考えなくなるので、人材が育たないのです。ですからアフターコロナもしくは現在は業績的にそこまで厳しくないという企業では、参加型のリーダーシップの方が良いかもしれません。
次に部下たちの特質を考えなくてはなりません。コンサルティングファームなどで働くような理屈の好きな社員には、経営者が「頑張りましょう!」と鼓舞するだけでは響きません。何をやるのかを論理立てて説明・説得できなければ社員は動きません。ベテランに事細かく指示すると嫌がられますし、新人は全て任せたと言われても途方に暮れてしまいます。経営者は社員1人ひとりの特質を見極め、相手に刺さる言葉で話す必要があります。
これはサーバント型とトップダウン型のどちらが優れているという話ではありません。経営者は組織が何を目指し、今置かれている環境と部下たちの特質を見て、どういうリーダーシップを取ればいいのかを常に考えることが大切なのです。
社員の安心・不安は情報量の差が原因。情報開示レベルを考えよ
しかし、いくらトップダウン型の経営を行うといっても、新型コロナウイルスが1年続くのか、2年続くのかわからない状況で、会社の存続や将来に不安を感じる社員は少なくないはずです。そのときに大切なのが、経営者は社員としっかりコミュニケーションをとり「大丈夫だ。1年分のキャッシュがあるし、すでに銀行から資金調達している。2年後に向けて投資も考えている」と安心感を与え、方向性を示すことです。
業績が良くないときほど、社員間で「なぜそんなことをやるのか」という疑問や不満は生まれやすくなります。これは経営者には情報が集まるのに、社員には限られた情報しか届いていないという、情報量の差があるからです。
しかしながら、経営者に集まる情報のすべてを社員に話すわけにもいかないので、役員、部長、一般社員など、話す相手の地位や信頼関係の度合いによって情報開示レベルを変えるといいでしょう。全社的には「今はこういう状況だから、こういう方向でやっていく」と大筋を丁寧に話すことです。
ここで資金繰りの悪化などネガティブな要素を社員に話すのをためらう経営者もいるでしょうが、社員の不安を払しょくするために、嘘をつく必要はありません。正直に「こういう厳しい状況だが、こういう手を打っている。皆の協力が必要だ。コスト削減など良い知恵があればぜひ教えてほしい」と話すことです。
それを聞いて、社長を助けたいと思うのか、この社長はダメだと思うのかは経営者の信用残高によりますが、たいていの場合は社員も危機的状況であると承知しているので理解してくれるはずです。経営者はそこで頑張ってくれた社員には、危機を乗り越えたときに報いればいいのです。
そして自社のミッションをベースにした「対話」によるコミュニケーションが必要です。社員との対話は、1人ひとりの考えや特質を知るうえで有効ですし、社員が「何を目指して(ビジョン)、なぜこの会社で働く(ミッション)のか」を意識させるきっかけにもなります。これを怠ると社員の意識はバラバラになり、有能な人材ほど「この会社の将来が見えない。もっとやりがいの感じる他社で働こう」という気持ちが芽生えます。コロナ禍でリモートワークが増え、会社への依存度が下がっている最近はなおさらです。
企業の発展には優秀な人材が欠かせません。中小企業は大企業と比べて採用もそう簡単ではありません。経営者はせっかく手に入れた優秀な人材を失わないためにも、社員を理解し、自社がミッションに従って事業を通じて社会に貢献できていること、さらには掲げたビジョンに向かって全社一丸となって頑張っていることなどを、対話を通じて意識してもらえるように努力をしなくてはなりません。
リーダーとは「役割」 リーダー育成の要は責任を持たせること
そもそもリーダーとは「権力」を意味する言葉ではありません。では、リーダーとは何か。
私はリーダーとは「役割」であり「責任」であると考えています。役割とは、自分にリーダーの素養があろうがなかろうが、やらざるを得ない責任を与えられること。経営者であれば経営者の役割を全うしなければなりません。例えば、9人の小学生と大人である自分1人が無人島に流されたとします。自分にはリーダーの素養がないと言っても、リーダーにならざるを得ません。リーダーシップがある、素質があるなどは本来関係ないのです。リーダーは役割です。与えられた役割を責任を持って全うするしかないのです。
またリーダーになった途端に偉そうにする人もいますが、これは大きな勘違いです。野球で言えばピッチャーとサードのどちらが偉いのか議論するのと同じです。特に経営者は、自分が経営者として今何をすべきか常に考えて行動しなければなりません。私もスターバックスのCEO時代、「今何をやるべきか」を常に考えていました。
改めてミッションとは何か?なぜ必要なのか?
現在の厳しい環境では、「自分たちは何のためにこのビジネスをしているのか?」という本質的な企業のミッションが内外から問われています。お客さまに、どんな価値を提供しようと思っているのか? こうした問いに真摯に答えていくことが求められます。
トレーニングジムを例に取れば、マシンをただ使えるジムであるというだけではなく、目的に合わせて最適な指導サービスを最高の指導者から受けることができ、さらに激励ももらえるなど、トレーニングへのモチベーションが維持できる人的サービスをきちんと整えていく。お客さまは嬉しく思うとともに、身体だけではなく自信がつくなど、気持ちの面でも充実していただくことが大切です。トレーニングジムの本当の目的(ミッション)は、身体的な面だけではなく「心の満足」を提供することなのです。
そのミッションはどこから来るのか、経営者やトレーナーの方の中には、かつて自分が健康を損ねたり怪我を負い、それを防げたり、きちんと治療してリハビリできなかったために、健康的な生活ができず悔いを残したという人もいるでしょう。でも、そのことがきっかけで「他の人には、自分と同じようにはなってほしくない。そのために必要な予防と、万一怪我をしてしまったとしても十分な治療とリハビリが提供できるようなサポートをしてあげたい」といった思いから、トレーナーを目指した方が多いと思います。こうした原体験が、起業の理由であり、ミッションを考えるうえでの原点になります。
いかに集客するかを考える前に、お客さま(自分)が叶えたいと思っていることは何かを的確につかみ、その解決のためにいかに質の高い商品やサービス提供するのかがポイントとなります。そしてお客さまが満足して継続して利用してくださり、さらにそのお客さまから新しいお客さまをご紹介していただけるように考えていくことが大切だと思います。そのためにはお客さまの期待以上の商品やサービス(=感動)を常に提供することが必要です。お客さまは感動すると必ず人に勧めたくなります。表面的な商品やサービスではなく、感動提供ビジネスだと考え、取り組んでいくことが求められています。
では改めて明文化したミッションを持つ意味についてお話しします。
- 社会は常に変化しており「想定外」の連続です。すべてのケースを事前に想定してマニュアルを作成することは到底不可能です。どんな時でも社員全員が原理原則であるミッションに従った行動ができます。
- 同じ社員といっても、そこに集まる人はさまざまな価値観をもっています。皆を同じ方向に向かわせるには、目印となる明確な共通のゴールが必要になります。
- ミッションを高く掲げることによって、それに共鳴する人たち、つまり最初から目指す方向が同じ人たちが入社してきます。
- ミッションとは、通常とても崇高なものです。それを目指していると、社員のモラルが高くなっていき、自分たちの仕事に誇りが持てるようになり離職率が減ります。
ミッション・ビジョン・バリューの意味と関係性を理解せよ
ここで、抽象的な言葉である「ミッション」「ビジョン」「バリュー」について正しく理解するために、その関係性についてご説明します。
山登りに例えると、わかりやすいと思います。登山家にとってのミッションは、「山に登ること」です。これは登山家である限りずっと変わりません。つまり登山家の存在理由(ミッション)は山に登ることです。
「ビジョン」とは、数年後どうなっていたいかイメージできる姿です。ビジョンとして「5年後に富士山に登頂する」と掲げれば、社員全員が富士山頂で美しい日の出を見ている姿が目に浮かんできます。そして、富士山の登頂と言うビジョンを達成すれば、今度はエベレストに登頂するという次のビジョンが浮かんできます。
次に「バリュー」とは「行動指針」のことをいいます。山の登り方です。「皆で手をつないで登ろう」はチームワークを重視した登り方です。あるいは「歌を歌いながら登ろう」は、楽しく登ろういったことです。
「ミッション」「ビジョン」「バリュー」ついて、それぞれの意味を知り、さらに関係性を理解したうえで業務に取り組むことが大切です。
では、ミッション(最近では「パーパス」という言葉も使われています)を明らかにしたとして、それを従業員に伝えて浸透させていくにはどうしたらよいのでしょうか?
ミッションをきちんと明文化して、そのミッションの浸透について、まずトップは繰り返しミッションについて語る必要があります。さらにそのミッションの体現度を人事評価につなげていくことが大切です。つまり誰を偉くするか偉くしないかと言うことです。究極は次の社長を誰にするかと言うことです。会社のミッションやパーパス、価値観をしっかり体現している人をしっかり評価すべきです。間違っても数字だけで人を評価してはなりません。
採用を慎重に行うことも大切です。人はスキルを身に付けることは教育によってできますが、考え方を変えることはとても難しいことです。この点、新卒者はまだ色がついていませんから、会社の色に染めていくことができます。新卒を中心にミッションに心から共感できる人材を選んで採用していくことがとても大切です。
スターバックスのサービスがすばらしい唯一無二の理由
人々の心を豊かで活力あるものにするために-
ひとりのお客様、一杯のコーヒー、そしてひとつのコミュニティから
これが私がCEOを務めたスターバックスジャパンのミッションです。このすばらしいミッションのもとにバリューがあり、そこでは、スターバックスの存在理由や働く環境や提供するサービスやコーヒーの品質などが規定されていました。ビジョンについては、私は「100年後も輝くブランド(になる)」にしました。業績的に厳しい時期にトップに就きましたが、目先の売上や利益よりも、このすばらしいブランドを100年後も輝いているようなブランドにしていくことを方針にしていこうと考えたのです。
スターバックスでは、ミッションのもとにバリューがあり、さらにどんな企業になりたいかというビジョンがあり、加えてそれを実現するためのストラテジー(戦略)がありました。
そして、これらに整合するように、採用や教育研修、評価~フィードバックなどの仕組みがあり、最前線でサービスを提供するパートナーについては、売上や利益といった定量的な評価値よりも、むしろバリューに示される定性的な評価項目のほうがより重要になっていました。いくら数字を上げていてもスターバックスの価値観の体現が不足していれば、店長には絶対になれませんでした。
ミッションやバリューなどに基づいた適正な評価は、ビジョンを実現するための組織カルチャーを健全に醸成し、そこで働く人々がいきいきと業務にあたれるようになるうえでもとても重要です。
リーダーに求められる言行一致とミッションを起点にした経営
ミッション経営では、当然のことながら、トップはミッションやバリューに反することをしてはいけません。例えば、トップが「ミッションなんかでメシが食えない」と言えば、従業員は何を信じていいのかわからなくなってしまいます。また「お客さまが大切」と言いながら、売上や利益ばかり気にしていてはいけません。
こんな話があります。私は最近、通販栄養補助品を購入しましたが、送られてきたパッケージから商品が出てしまっていたので、そのクレームをその販売会社にしました。するとそのクレームがなぜ発生したのか、今後どんな対処をするのかという説明がなく、「返品するからアマゾンの評価を変えろ」という連絡が来ました。まさにお客さまよりアマゾンの評価の方が大切だと感じさせる対応でした。
いったいどういう社員教育をしているのかとその会社のトップの姿勢を疑いました。当然ですが二度とその会社から購入しないですし、評価を変える気持ちもありません。短期的に見ると、ゴーイングコンサーン(事業の継続)という観点から目先の利益のほうが重要であることもあるかもしれません。しかし長い目で見ればミッションを起点にした経営をすることで、お客さまに認められ必ず繁栄していきます。長く継続している企業は間違いなく、ミッションや経営理念を大切しています。経営とは長期と短期、ミッションと目先の利益など、一見相反することのバランスをとることです。それが経営者の役割です。
リーダーたる者、言行一致していることが一番大切です。特に、これからのリモートワーク時代において、社員相互のエンゲージメントやつながりが大切になってきています。そのため、お互いに信頼関係を持ってミッションを共有化し、社員がお客さま1人ひとりにどう最適な対応ができるかが重要になります。皆が適切な言葉がけや行動を取れるようにするには、ミッションを起点にした経営をしていくことがますます求められるでしょう。
この記事の著者
弥報編集部
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この記事の著者
岩田松雄
リーダーシップコンサルティング代表。1958年大阪府生まれ。大阪大学経済学部卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校アンダーソンマネジメントスクールMBA取得。日産自動車株式会社、ジェミニ・コンサルティング・ジャパン、日本コカ・コーラ株式会社、コカ・コーラビバレッジサービス株式会社を経て、株式会社アトラスでは社長として3期連続赤字を黒字化。その後も株式会社タカラ、株式会社イオンフォレストを経て、09年スターバックスコーヒージャパン株式会社CEOに就任、新商品開発や新規販路開拓などで再成長軌道に乗せる。11年リーダーシップコンサルティングインク設立。元立教大学ビジネスデザイン科特任教授。早稲田大学ビジネススクール非常勤講師。近著に『今までの経営書には書いていない 新しい経営の教科書』(コスミック)、『ミッション』(アスコム)、『ついていきたいと思われるリーダーになる51の考え方』(サンマーク)など多数。
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