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赤字決算からのV字回復!経営者が押さえるべき財務改善の実践ロードマップ
2025.12.01

自社の決算が赤字になったとき、経営者は大きな不安に直面するのではないでしょうか。中には、利益を回復させようと必死に売上アップに取り組む方もいます。もちろん努力することは大切ですが、やみくもに新規営業をかけても、必ずしも効果が出るとは限りません。
では、赤字決算を解消するための第一歩はなんでしょうか?それはまず、赤字の原因を分析することです。決算書を読み解けば「売上の減少」だけではなく、「原価率の上昇」や「固定費の増加」など、経営の実態を多角的に把握できます。原因を正しく分析できれば、的確な改善策を立て、実行に移すことができるでしょう。
今回は、中小企業の財務改善を数多くサポートしてきた猪熊税務会計事務所の所長・税理士の猪熊規博さんに、赤字決算からV字回復へと導くための現状分析の方法や具体的な改善策、さらに実行後の検証まで、実践的なステップを伺いました。
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目次
経営の立て直しは「現状分析」から!赤字の原因3つのパターン
赤字決算に直面したとき、経営者はまず何から取り組むべきでしょうか?
まずは決算書を確認し、どの時点の利益がマイナスになっているのかを把握していきましょう。
損益計算書には、売上総利益、営業利益、経常利益、税引前利益など、複数の段階的な利益が示されています。
例えば、売上総利益がマイナスならば、原価の高騰や粗利率の低下が原因かもしれません。営業利益が赤字なら、人件費や交際費といった販管費の増加が影響している可能性が高いといえます。経常利益で赤字に転じている場合は、過度な借入による金利負担の増加や投資損失など、営業外の要因が絡んでいるケースもあります。
ありがちなのは、「売上が減ったから赤字だ」の一言で片づけてしまい、根性論で売上高を伸ばそうとすることです。しかし、もっと深く原因を分析することで、より効果的な施策を打てるようになります。
原因をさらに詳しく突き止める方法はありますか?
「変動損益計算書」を作成するのが効果的です。利益構造を3つの要素「売上高」「限界利益率」「固定費」に分解することで、より詳細に原因を分析できます。
「利益=売上高×限界利益率-固定費」
という公式をぜひ覚えておいてください。
赤字を黒字に変えるには、売上高を増やす、限界利益率を改善する、固定費を削減するのいずれか、またはその組み合わせしかありません。
変動費とは売上高の増減に比例して発生する費用で、材料費や運送料などが挙げられます。固定費は従業員給与や店舗賃料など、売上高に関係なく発生する費用です。売上高から変動費を引いた利益が限界利益であり、売上高に占める限界利益の割合が限界利益率です。
売上高を単価と数量に分解し、費用を変動費と固定費、限界利益率に切り分けることで、経営の問題が浮き彫りになります。

赤字決算の原因には、どのようなパターンがあるのでしょうか?
典型的なパターンは3つあります。
1.売上高の減少
単価が下がったり販売数量が減ったりすることで、売上高が減少し、固定費をまかなえなくなるケースです。例えば、市場環境の変化に合わせて競合が値下げを行い、自社も追随せざるを得ず、販売数量は変わらなくても単価が下がって赤字化してしまう例があります。
2.限界利益率の低下
売上高は変わらなくても、材料費や仕入値が上がると限界利益率が下がり、結果として赤字になるケースです。また、利益率の低い商品やサービスが増える「セールスミックスの悪化」もよくある原因です。売上高は維持できているのに、利益が残らないというケースです。
3.固定費の増加
人件費や家賃、サブスクリプション契約の積み重ねなどで、利益を圧迫してしまうケースです。売上高や粗利が横ばいでも、固定費が膨らめば赤字に転落することもあるでしょう。
まずは自社がどのパターンに当てはまるのかを見極めることで、改善の方向性を具体化できます。

V字回復に向けた戦略的な改善策
赤字決算の原因がわかったら、次はどのような改善策を立てればよいでしょうか。
改善策を検討する際には、「売上高」「限界利益率」「固定費」の3つの要素に着目し、この3つを軸に、どこをどう改善すれば黒字化できるかをシミュレーションしていくことが重要です。具体例で見てみましょう。

まずは売上高です。売上高は「単価×数量」で決まります。例における現状の収益構造では、数量を1.5倍(50%増)にしなければ利益がゼロにならない、という試算結果が出ています。数量の増加には新規顧客の開拓やマーケティング強化といった取り組みが必要ですが、そのハードルは決して低くはありません。
次に単価を増やすことを考えてみましょう。つまり値上げです。シミュレーションの結果、単価を15%上げれば、限界利益率は30.0%から39.1%に改善し、利益が黒字化します。数量を大きく伸ばすよりも、値上げの効果は即効性があり、改善のインパクトが大きいことがわかるのではないでしょうか。具体策としては、価格交渉や料金表の見直しなどが考えられます。

変動費の見直しも重要です。材料費や輸送費などを削減できれば限界利益率が上がります。この事例では原価を15.8%削減し、輸送コストを40%以上抑えられれば、利益がゼロに戻る計算になります。方法としては、仕入先との交渉や製造工程の効率化などが考えられるでしょう。ただし昨今の物価高騰の状況を踏まえると、これらのコスト削減の実行は難易度が高い領域です。
固定費についても同様です。人件費や家賃、月額利用料などを抑えることで黒字化は可能ですが、大幅な削減にはリスクも伴います。例の場合は人件費を300万円削減し、その他経費を1,200万円削減できれば利益が改善します。ただし人材流出や業務の混乱を招きかねないので、注意が必要です。
改善策を考える際、どのようなプロセスで進めればよいでしょうか。
改善は大きくわけて「現状分析」→「目標設定」→「施策実行」の3つのステップで進めます。
最初に「現状分析」です。決算書を分解し、売上高や利益率、固定費の内訳を確認して、どこに課題があるのかを数字で把握します。次に「目標設定」。「値上げを何%すれば黒字化するのか」「原価をどの程度抑えれば利益が出るのか」といった形で、改善ターゲットを数値化します。そして最後に「施策の実行」で、シミュレーションで描いた改善策を、実際の行動計画に落とし込んでいきます。
どんな点に注意すべきでしょうか。
第一に、目標値を明確にすることです。やみくもに「売上を伸ばす」「経費を減らす」といっても効果は限定的です。「売上高を10%伸ばせば利益がゼロになる」「15%値上げすれば黒字化できる」といった具体的な数値を目標にして施策を考えることで、現実的な改善の計画を立てやすくなります。
第二に、優先順位をつけることです。一度にすべての改善策を実行するのは現実的ではありません。まずは費用対効果が大きいもの、あるいは実行しやすいものから取り組みましょう。競合と比較して自社の商品価格が明らかに安ければ値上げに踏み切る、あるいは社内の経費で年々増えている項目があれば、そこを最初に見直す、といった形です。
第三に、原因と施策を一致させることです。もし赤字の原因が「原価率の上昇」なのであれば、「交際費を削る」といった施策を実行しても効果が出にくいはずです。赤字の要因に直接アプローチできる改善策を選ぶことが大切です。
第四に、実行可能な規模で取り組むことです。シミュレーション上は効果があっても、会社のリソースや業務体制に合わない改善策は持続できません。「身の丈に合った改善」であることを意識する必要があります。
ただし、現状を前提とした改善にとどまらず、新規事業の撤退や大規模な人員整理など、「身を切る改革」まで必要なケースもありますので、状況によって見極めましょう。
優先順位はどのように決めればよいでしょうか。
方法は大きく2つあります。1つは自社の経年比較です。数年分の決算を並べて、特定の費用が急増していないか、利益率が低下していないかを確認します。例えば、毎年交際費が膨らんでいるとわかれば、まずはそこを削減対象にできます。
もう1つは他社との比較です。同業他社に比べて仕入コストが高い、販管費率が高いといった項目があれば、そこから改善に着手します。
多くの場合、1つの施策だけで赤字を完全に解消するのは難しく、複数の施策を組み合わせる必要があります。ただし、すべてを一気に行う必要はなく、やりやすいところから段階的に広げていくことが、現実的で効果的なアプローチです。
改善策の効果を検証する仕組み
改善策を実行した後の検証は、どのように行えばよいでしょうか。
まず前提として、「改善策は想定どおりに効果が出るとは限らない」と認識しておくことです。施策を打てば改善するはずだと想定して進めても、思ったほどの効果が出なかったり、まったく別の要因で数字が動いたりすることもあります。そのため、効果を検証し、必要に応じてすぐに修正する仕組み、いわゆるPDCAサイクルを回す体制づくりが欠かせません。
具体的にはどのような検証方法が有効でしょうか。
1つは定量的な評価です。月次決算を活用し、前期比や前年同期比で数字を分析しながら、どこが改善したのか、逆に悪化したのかを確認します。売上高や利益率がどの施策とどう関係しているのか、因果関係をチェックすることが大切です。
一方で、数字では見えない部分もあります。例えば仕入コストを下げるために強引な価格交渉をした結果、取引先との関係が悪化してしまった——こうした定性的な評価も同時に確認する必要があります。改善の裏で新たなリスクを生んでいないか、現場の声にも耳を傾ける視点が求められます。
検証体制を整えるうえで、経営者はどこに注意すべきでしょうか。
理想は、月次決算を適切に行える経理体制を整えることです。最低でも四半期ごとにチェックできる仕組みを作らなければ、改善の効果が年に一度の決算でしかわからないという事態になりかねません。分析が正しくても、結果が出るのが1年後では、赤字が膨んで手遅れになる可能性があります。
さらに、その数字を意思決定にどう活かすかも大事です。経理がまとめた結果を経営陣に報告する場を設け、改善策の継続や修正を判断する。こうした流れを組織内に組み込むことで、施策は初めて実効性を持ちます。改善策の検証は単なる数字合わせではなく、組織としての意思決定サイクルに組み込むことが成功のカギとなるのです。
事例から学ぶV字回復のプロセス
決算書の数字を分析したことで、改善策を立てた成功事例を教えてください。
ある会社では、売上高の減少・利益率の低下・固定費の増加が重なり、それまで黒字だった決算が1,400万円の赤字に転落しました。詳細に分析すると、A事業では数量の大幅減少、B事業では原価の高騰、人件費や経費の増加が要因でした。

そこからどのように立て直したのでしょうか。
まず「目標値」を設定しました。B事業の単価を17%引き上げる、A事業の数量を30%増やす、A事業の原価を10%下げる、人件費を外注化して650万円削減する、その他経費を110万円削減する、といった数値目標です。
次に、目標を実現するための施策を検討しました。数量増加には広告宣伝費を投入し、原価削減は仕入先との交渉で実行。単価は料金表の見直しで引き上げ、人件費は一部を外注に切り替えて固定費を変動費化。さらに交際費や会議費を徹底的に見直し、コストダウンを図りました。
こうした複数の施策を組み合わせたシミュレーションにより、赤字を黒字に戻す道筋が示されました。重要なのは、1つの対策に頼らず、複数の数字を同時に動かして初めて利益が改善した点です。

経営者が改善策を考える際の注意点はありますか。
「売上を上げればいい」といった感覚的な判断は危険です。決算書を丁寧に分析すれば、改善すべき項目が明確に浮かび上がります。数字を見て「実行可能な施策はどれか」を見極め、必要に応じて経理担当者や外部専門家と議論しながら進めることが、V字回復を実現する現実的なプロセスです。
赤字決算が続くと、資金繰りが不安です。
皆さんそうおっしゃいます。資金繰りは、赤字改善と並ぶ経営の命綱です。決算上は赤字でも手元資金が潤沢な場合もありますが、多くは資金の流れが厳しくなっていきます。まず見るべきは手元資金が固定費の何か月分あるかです。業種や状況にもよりますが、最低でも3か月分を確保できれば、立て直しの時間を稼げます。
具体的なポイントとして、売掛金の回収期間、仕入代金や経費の支払サイト、在庫の滞留など、資金の出入りのタイミングを見直すことが挙げられます。さらに、資金繰り表を作って1〜3か月先のキャッシュを把握しておけば、資金のショートを防げるでしょう。
ただし、資金繰り対策は一時しのぎに過ぎないことも多いため、本質的には赤字の解消とセットで進める必要があるということです。資金繰りを整えつつ、利益改善の施策を実行することが、持続的な経営回復につながります。
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この記事の著者
弥報編集部
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この記事の監修者
猪熊 規博(猪熊税務会計事務所 所長、税理士)
2001年、明治大学商学部を卒業後、日本生命保険、YKK、本田技研工業で15年に渡り、国内外の会計・経理業務に従事。
2017年に税理士の資格を取得し、猪熊税務会計事務所に入所。2020年には所長に就任。
立教大学大学院で講師やNPO法人の運営も務めている。歴史探訪・史跡巡りが趣味で、各地の歴史的な場所を訪れるのが好き。
豊富な経験と専門知識を活かし、クライアントの多様なニーズに応え、確かなサービスを提供し続けている。



















