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コンサルタントから酒蔵へ。地域を巻き込む老舗再生のストーリー【連載:事業承継者に聞く】株式会社瀬戸酒造店
2020.10.20
株式会社瀬戸酒造店の森 隆信さんは、もともとは大手建設コンサルタント会社で橋梁の設計に携わっていました。そこから一転、箱根・丹沢にほど近い神奈川県開成町で酒蔵経営者となります。
森さんが畑違いの業界に飛び込み、38年も自家醸造を中止していた老舗の酒蔵を再生することができた理由は何だったのでしょうか。そこには地方創生への信念、そして「酔狂」の精神を共有する人々とのつながりがありました。
森 隆信 氏
株式会社瀬戸酒造店 代表取締役
株式会社オリエンタルコンサルタンツ 関東支社地域活性化推進部次長
1971年長崎県生まれ。福岡の建設コンサルタント会社で橋梁の設計に従事。オリエンタルコンサルタンツに転職し、橋梁設計から、新規事業を開拓する部署へ異動。道路や空港などのインフラを民間が運営するPPP・PFI、コンセッション事業を担当。地方創生事業として、開成町の古民家「あしがり郷瀬戸屋敷」と「瀬戸酒造店」を活用した地域活性化事業を企画立案し、責任者として開成町に常駐する。
目次
お酒の飲めない建設コンサルタントが、足柄の酒蔵で社長になるまで
コンサルタント会社(オリエンタルコンサルタンツ)の社員だった森さんが瀬戸酒造店の社長となった経緯を教えてください。
森:オリエンタルコンサルタンツは建設コンサルタント会社で、僕はもともと橋梁の設計者をやっていました。でも政府の意向だったり、日本の道路状況が熟していく中で建設計画が凍結されていったため、新規事業として「地方創生」の取り組みを始めたんです。
そんなときに、神奈川県開成町の元町長から「自家醸造を休止している酒蔵を再生してくれないか」という依頼を持ち込まれた。酒米のほうが食べるお米よりも取引価格が高いですから、地域の農家に酒米を栽培してもらい、農業所得を上げたいと考えてらっしゃったんですね。
最初は、コンサルタントとして補助金申請のサポートなどを行うつもりでした。ところが、当の蔵元が「やめてほしい」とおっしゃって。補助金が出たとしてもすべてを賄うことはできないし、結局借金が残ってしまうと。
だけどそのとき、僕は結構この話にのめり込んでしまっていたんですよね。当時、2015年頃は東京オリンピックを控えて日本酒とか和食がブームになりつつあったし、東京や箱根に近いというロケーションも魅力でした。だからこのままやめてしまうのはもったいないなって。
そこで蔵元に「うちがやるっていったらどうします」って聞いてみたんです。そしたら「それならいいですよ」と。うちが土地を借りて土地代を支払い、そこで働いてもらうという形で了承をもらいました。
蔵元は後継者を探していたわけでもないし、いつかこの酒蔵は自然消滅するだろうと考えていたようです。醸造を休止してからは30年以上も経っていて、それを外野が再生させようと盛り上がっているような状態でした。でも、リスクを負うのはご本人ですよね。そこのところのリスクを引き受けたというのが、一番のポイントだったと思います。
ただ、その時点では会社には何も言ってなかった。企画書を作ったら「お前、橋梁屋だろ!?だいたい酒も飲めないのに何考えてんの」って(笑)。
それでも毎月の報告会議のたびに企画書を提出し続けて、それがだいたい20回。2年近くにもなるとだんだん事業として格好がついてくるというか、みんなが「いけんじゃね?」と思い始めるわけですよ。で、ようやくGOが出てスタートしたのが2017年のことです。
コンサルティングに留まらず子会社化・常駐という試みはそれまでにもあったのですか?
森:子会社化は初めてではなかったんですけど、規模がもう全然違いましたね。それまでの案件では資本金なんてせいぜい1,000万ぐらいだったのが、瀬戸酒造店の場合は1億6,000万と億単位の投資になりました。
オリエンタルコンサルタンツは公共事業に関わる以上、社会的な信用が大切ですから、どんな事業からも簡単には手を引けない。必ず成功に導くためには、一番詳しい人間がその現場にいることが必須条件です。会議室で口だけ出していても、うまくいきません。
だから自らやらせてくれという話をして、そのときの役職も全部渡してここに来ました。今現在、ほぼこの酒蔵に常駐しています。最近は瀬戸酒造店の成果を知った周辺の自治体から依頼があり、動ける範囲でコンサルティングはやっていますけどね。
瀬戸酒造店の再生や収益化が見込めると判断したポイントはどこだったのでしょうか?
森:やはり立地、ロケーションですよね。箱根はゴールデンルートの1つでもあるし、日本酒がインバウンドのフックにもなっていた。そこにうまく乗れれば勝算があるんじゃないかと、まあ最初は漠然と誰でも考えるようなことです。
今は新型コロナウイルスの影響で見学の受付は停止していますが、リクエストは多いので、有料化で安全対策を万全にしてから再開しようと思っています。
醸造再開に向けて、最もお金がかかったことは何でしょうか。また、資金繰りや資金調達で苦労されたことは?
森:醸造所の建て替えですね。古い蔵をいったん全部解体して更地にしてから蔵を新築して、設備も新しいものを入れたので。とにかく醸造設備が高くて驚きました。あまり競争原理が働いていないというか、安くならないんですよ。
資金繰りに関しては基本的にオリエンタルコンサルタンツのグループ内金融で、補助金は一切入っていません。こんなリスキーな事業には、一般の銀行さんはなかなか貸してくれないでしょうね(笑)。
「復活」「地域」をコンセプトに、酒蔵再生のストーリーが始まる
森さんは、酒造りに関する知識はまったくなかったそうで。
森:はい、本当に素人だったので、東京農業大学醸造科学科の穂坂 賢教授にご意見を伺いに行きました。ですが最初は「そんな甘いもんじゃないからやめときなさい」と。それが何度も通って行くうちに「どうやら本気みたいだ」となった(笑)。
そこで穂坂教授から提案されたのが「復活」「地域」をコンセプトとするストーリーです。古い蔵に付いていた「蔵付酵母」を採取して、さらには開成町を象徴する花であるあじさいの花酵母でお酒を造るというものでした。このコンセプトは、オリエンタルコンサルタンツが行っている地方創生とも合致します。
酒蔵再生のストーリーが描かれたとはいえ、蔵付酵母が本当に使えるかどうかはわからない。あじさいの花酵母による醸造も、過去に失敗した蔵もあるというとても難しいものでした。結果的にうまくいったものの、かなりの綱渡りですよね。
杜氏(とうじ)の方が見つからず、ハローワークで募集されたのだとか。
森:これは綱渡りの一番危険なところだったと思います。誰かいないかといろんな杜氏組合にかたっぱしから電話したんですが、なかなか見つからない。
というのも、新しい酒蔵を通年酒造りができる施設にしたんです。ところが、杜氏って一般的には季節雇用だったんですよ。冬の間だけ働くという人が多くて。そんなの最初から調べておけよって話なんだけど(笑)。
最悪自分がやるしかないと考え始めていたところに、知人から「ダメ元でハローワークで募集してみたら?」というアドバイスをもらいました。そこで応募してきたのが、現在の杜氏の小林です。
面接してみたらすごく誠実な男でね。彼は和歌山の蔵にいたんだけど、実家に近い東日本に行きたいという希望があって、僕とのニーズが合致した瞬間でした。それにしても、酒造りする人の雇用さえおぼつかないままスタートしていたんだから、めちゃめちゃ危なっかしい計画ですよね。
現在は何名の方が働いているのでしょうか?
森:経営はオリエンタルコンサルタンツの社員3名で始めて、現在は4名と支社から来た研修生2名の計6名です。醸造は杜氏と蔵人が計3名で、そのほかにのべ10名くらいの地域のアルバイトの方に携わってもらっています。以前の蔵元も、お酒の配送などを手伝ってくれていますよ。
瀬戸酒造店には3つのブランドがあるんですね。
森:「酒田錦」が蔵付酵母を使った復活の酒で、あじさいの花酵母の酒は足柄の語源となった「あしがり」を入れて「あしがり郷」と名付けました。
そしてもう1つ、杜氏が自由な発想で造るシリーズを瀬戸酒造店の一番の自信作ということで「セトイチ」として展開しています。
「セトイチ」の8種の日本酒は、商品名・ラベルのデザインともおしゃれで個性的ですね。
森:開成町の「あじさいちゃん」というキャラクターがとてもかわいくて、そのデザインを手掛けた南青山のデザイン会社・ドッポに依頼しました。
高名なデザイナーさんなので高いだろうなと思いつつ訪問したんですけど、予算を伝えたら案の定「ヒトケタ違う」って(笑)。あとは「コンサルって事業がヤバくなったら逃げちゃう」「酒蔵再生といったって補助金が出る間だけでしょ」なんて言われました。
僕が酒蔵に常駐することを知ると「そうなの!?クレイジーだね」と面白がってもらえて、今ではラベルからホームぺージ・パンフレットに至るまですべてのデザインをおまかせしています。このような経緯で秀逸なデザインが生まれたわけですが、これもまた綱渡りの1つですよね。
酒蔵の再出発からわずかの期間にも関わらず、既に日本酒コンクールで受賞を果たしていますね。
森:2019年・2020年と連続でフランスのコンクールである「Kura Master」で受賞しました。特に2020年は4部門で8銘柄、9つの賞を獲得しまして、ちょっと業界がざわついているようです(笑)。
コンクールの受賞後に輸出も開始したということですが、実績を出してから輸出という流れは以前から計画されていたんですか?
森:長期でそういった展望はあったんですけど、正直そんなに簡単に受賞するとは思ってなかったです。だから商品名なんかも、日本的な雰囲気を前面に出して英語表記などはあまり考えていませんでした。
でも海外が見えてきたので、ブランドブックも英語を併記したものに変更しています。このあたりの柔軟性も、うちのチームならではですね。
今うちのお酒を買ってくれているのは日本酒好きの高齢者の方が多いんですが、高齢の方はどうしても今後酒量が減っていく。これからの日本酒業界は、外国の方や若い方など新しい人たちが入ってきやすいマーケットになると思います。
今後新たに始めたい事業などあれば教えてください。
森:今、スパークリングの日本酒が流行ってはいるんですけど、正直うちの酒の質にはあまり向いていない。だけど炭酸水で割ってみたらこれが美味しかったんですよ。誰でもしっかり再現できるよう「氷を入れずに日本酒・炭酸水を1:1」というレシピを提案していて、これも新しい取り組みと考えています。
今後やってみたいのが、地域の果実を使ったお酒です。開成町の近辺だと柑橘類や梅、ブルーベリーが有名ですが、これらの果実酒をそのまま瓶詰めで販売するのではなく、お客さんに自分で漬けてもらいたいなと。うちからはお酒と季節ごとの果実やそれを入れるおしゃれな容器を送るという、サブスクのような形ですね。
例えばみかんなんかも、摘果しないと育たないじゃないですか。間引いたものは捨ててしまうんですが、その青みかんを試しに漬けてみたら結構美味しかった。これなら、地域の農家さんにも喜んでもらえるのではと思います。
酒蔵復活が地元の活力に。開成町を「シティプライド」あふれる場所へ
コンサルタント会社が歴史ある酒蔵の再生を行うことに対して、地元から反発の声はなかったのでしょうか?
森:反発はなかったです。以前の蔵は老朽化が進んでいて、近隣の方は火事などを心配されていたので。その一方で、どこか遠巻きに見られているような印象もありました。
だけど、コンクールで賞を取ったら、地元の方たちがとても喜んでくれた。お中元とかお歳暮だったり、クリスマスやバレンタインのプレゼント用に日本酒を購入してくれるようになったんです。
また、東京農大と協力して「はっこう大作戦」と銘打ち、地域の方と酒粕や麹を使った商品の開発を行いました。それで商品化した塩辛やわさび漬けを、町の重要文化財「あしがり郷瀬戸屋敷」の直売所で販売しています。
大儲けとまではいきませんが、みんなで考えたものが商品になり、誰かに美味しいといってもらえることが楽しいです。今となっては、酒蔵の復活が地域の活力になっているという実感がすごくありますね。
森さんが考える開成町の魅力と、今後地域にどのような貢献をしたいかを教えてください。
森:開成町は人口も増えていて、移住したい街ランキングでも上位に入っています。住みやすさと田園風景が共存しているところが魅力なのですが、地元の方、特に瀬戸酒造店のある北側エリアの方はこの町の素晴らしさや価値を実感できていない面がある。
例えばこのあたりは、すごく水のよいところです。瀬戸酒造店では地下80メートルから汲み上げた井戸水を使っていますが、最近バナジウムが含まれていることがわかりました。バナジウムは富士山の伏流水にみられる成分ですから、つまり地元の丹沢の水と富士山の水のブレンドというわけなんです。
そこで、この井戸水を自由に汲めるようにしました。水一つとってもこんなに価値があるんだということを、地元の方にわかって欲しいから。「シティプライド」という言葉がありますが、その場所に住んでいることを誇れるという意識をどうやって作っていくかが大切なことだと思っています。
経営者は孤独。厳しく叱咤激励してくれる人の存在が助けに
畑違いの仕事から酒蔵の経営者に転身したうえで、モチベーションとなったことはなんでしょうか?
森:何もないところから新しいものを作っていくことが好きなんだと思います。その過程は橋梁設計も同じですから。さらに企画から製造・販売を行い、消費者の方から感想をもらうという一気通貫のプロセスも楽しくてしかたないです。
そして、瀬戸酒造店は「酔狂」という言葉を大切にしています。「まっすぐ正解にたどり着けなくてもいい、ほろ酔い加減でタガがちょっと外れたぐらいがちょうどいい」というマインドです。
今までお話してきた杜氏であったりデザイナーさんであったり、地元の方にしても、何か確実なものを得ようと思って入ってきた人間はひとりもいない。まさに「酔狂」でしょう?これからも「酔狂」という言葉に共感してくれる方々と一緒に、気持ちよく面白いことをやっていきたいなと思っています。
現在は子会社の社長という形ですが、今後もずっと瀬戸酒造店で働く予定ですか?
森:僕としてはずっとここにいたいという希望を出しています。今一緒に働いている仲間に引き継ぐということはあり得るかもしれないですけど、ここまでの「酔狂」なマインドを引き継いでくれる人間なんて、オリエンタルコンサルタンツの社内にも外部にもいないですよ。
今振り返ってみても無茶苦茶だったと思いますもん。だけどそこに賛同して取引してくれる方もたくさんいますから。
お仕事への想い、社会的な意義についてお聞かせください。
森:会社を立ち上げてからは、想像だにしないことが次から次へと起きました。そういうときに頼りになる羅針盤は「自分は何のためにこれを始めたのか」という原点しかないんですよ。
じゃあそれが何かというと、僕らはこの地域を元気にするために来たんだということです。極端な話、お酒が売れなくてもオリエンタルコンサルタンツの地方創生の取り組みが認められれば、会社の価値は上がっていく。
「目の前の数字に怯えず、地域のために働く」という信念が自分に勇気を与えてくれるし、それを発信することでスタッフも迷わなくなります。どんな企業でも「まず原点を見つめ直す」という作業をじっくり行ったほうがよいのではないでしょうか。
森さんは中小企業の経営者であると同時に、コンサルタントでもあります。コンサルタント目線で見たときに「この地域や企業は再生・活性化できる」と判断するポイントはどこですか?
森:できるできないはあんまり考えずに、成功のシナリオを想像します。そのシナリオにどうやって持っていけるかどうかですね。
そして成功のポイントは、結局人なんです。例えばある地域の再生を請け負うとして、商工会とか関連団体をスキーム図みたいな感じで絵にしていくとそれだけでなにかやった気になってしまう。でも大切なのは組織じゃなくて、組織の中にどういう人がいるかです。
地域に深く入り込んで、その組織の「誰々さん」まで見る必要がある。この誰々さんがどういう仕事をするかで、その後の展開がガラッと変わります。
中小企業の経営者の中には、瀬戸酒造店再生のエピソードを知ってコンサルタントに興味が沸いている方も多いと思います。選び方のコツなどはありますでしょうか?
森:僕は経営コンサルタントではないのでそれは何ともいえないんですが、経営者って孤独なので、応援してくれるような存在が必要だと思うんですね。コンサルタントがそうなれればよいけど、結局会計上の問題点とか課題への指摘に留まってしまうのかなと。
酒蔵再生の事業計画を練っているときは、計画書を提出するたび上司にボロカスにいわれていました。中小企業の社長さんって、そんな風に人からいわれることってあんまりないじゃないですか。自分に対して厳しく叱咤激励してくれる人や、迷ったときに一緒に考えてくれる人の存在を作るということが、コンサルタントに限らず重要かもしれないですね。
最後に、中小企業の経営者の方や個人事業主など、弥報Online読者の方にメッセージをお願いします。
森:僕は大企業から社内のお金を借りてやっているので、もし失敗しても一族郎党路頭に迷うようなことにはならないわけです。そんな立場で経営者や個人事業主の方に何か物申すなんて……とは思うんですが、僕も無傷ではないしそれなりの覚悟を持ってやっている。
そんな経験上いえるのは、我々の唯一の武器は「ゼロ」だったってことなんですよね。ゼロだったからこそ新しいブランドを立ち上げて好き勝手やれた。そしてそれが今の結果を生んでいるんじゃないかと。
今やっている事業をなんとかしたい、テコ入れしたいって方はたくさんいるでしょう。そういうときは、守らないといけないものとチャレンジしていくものをスパっと分けて、ときには古いものは捨ててしまうっていう覚悟がないとダメかなと思っています。
撮影:Atsushi Watanabe
株式会社瀬戸酒造店
https://setosyuzo.ashigarigo.com/
所在地:〒258-0028神奈川県足柄上郡開成町金井島17
従業員数:19名(アルバイト含む)
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