会計帳簿をつけ、決算書を作成したり、財務状況や経営成績を確認するために必要な基準を「会計基準」と呼びます。
そして、会計基準の中でも「世界共通の会計基準」を目指して世界中の会計士や会計学者、そして企業の経理責任者等が集まり作成している会計基準のことを「国際会計基準」(以下、IFRS)といいます。それに対して、日本で独自に作成されている会計基準は「日本基準」と呼ばれることが多いです。
前回の記事「国際会計基準(IFRS)って何?中小企業が押さえておきたいポイント」では、取引先に大企業がある場合、中小企業も影響を受け、足元をすくわれる可能性があるポイントについて解説しました。言わば「守りの観点から見たIFRS」です。
今回は「攻めの観点から見たIFRS」として、企業の経営にとって欠かせない会計基準の世界的なトレンドと、中小企業の経営にも役立つIFRSの根本的な考え方について解説したいと思います。
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執筆者:馬淵 宏真 氏(公認会計士・税理士/馬淵会計事務所代表) 社長伴奏会計士・税理士。クライアントの経営を下支えし、成長に寄与するため、会計分野にとどまらず、中期経営計画策定支援、ガバナンス向上支援なども行うCEOやCFOの伴走/伴奏者。社会的に意義のある企業の成長をサポートすることで、「誰もが安心して暮らせる社会」の実現に貢献したいと考えている。社長伴奏会計士・税理士 馬淵宏真 |
目次
会計帳簿や決算書を作成するのは何のため?
唐突ですが、企業が会計帳簿をつけ、決算書を作成するのは何のためでしょうか?
すぐに思いつくのは、
- 税務申告のため
- 株主や銀行といった利害関係者に決算の報告をするため
ということだと思います。でも、目的はそれだけでしょうか? 実は会計帳簿や決算書にはもっと大切な目的があります。
それは「経営者が自分の会社の経営状態や資金繰り(キャッシュ・フロー)の状況をキチンと数字で把握すること」です。
経営者が会社の経営状態や資金繰り(キャッシュ・フロー)の状況をきちんと数字で把握し、タイムリーに必要な対策をするといったPDCAサイクルを回すことによって、企業は成長することができますし、倒産を防止することにもつながります。
多くの国がIFRSを受け入れ、ビジネスにも大きなインパクト
会計の発祥は紀元前4000年頃の古代オリエントまでさかのぼるという記録があります。そして、人類最高の発明の一つと言われ、現代でも世界中の企業で使われている「複式簿記」は、14世紀、あのマルコ・ポーロも活躍した時代のベネチアの商人が使い始めたのが最初であるという説が有力です。
ベネチアが商業で発展した要因の一つには、複式簿記で会計帳簿をつけ、決算書を作成し、商人が自分たちの経営状態をしっかりと把握し、業績を伸ばすような対策を立てていたと考えられます。
約600年もの昔に複式簿記が生まれて以来、20世紀末に至るまで、会計基準は法律と同じく、各国で独自に進化してきました。そのため、つい20~30年ほど前までは会計基準は国によってバラバラでした。
ですが、経済の国際化が進んだ今の世の中では、国によって会計基準がバラバラなままでは、投資家も経営者自身も、他国の企業の決算書や業績予想と比べられないという弊害が大きくなってきました。そこで、世界共通の会計基準としてIFRSが作られ、21世紀に入るころからは世界的にも広く使われ始めています。
日本もその流れに乗り、2000年代以降、日本基準をIFRSに近づけるような変更が次々と行われ(このことをコンバージェンスといいます。)、現在もその流れは続いています。 (このあたりの経緯は前回の記事「国際会計基準(IFRS)って何?中小企業が押さえておきたいポイント」をご参照ください)
海外では、EU諸国などの先進諸国、中国やインドなどのアジア諸国の多くが自国の会計基準を手放し、IFRSをそのまま受け入れています(このことをエンドースメントといいます)。世界最大の経済大国であるアメリカは自国の会計基準を維持していますが、一部IFRSとの共通化作業も進めています。
受け入れ度合い | 国・地域名 |
IFRSをそのまま受け入れ (エンドースメント) |
EU諸国、カナダ、豪州、中国、インド、韓国、香港、シンガポール、マレーシア等 |
自国の会計基準をIFRSに近づける (コンバージェンス) |
日本 |
自国の会計基準を維持 | 米国 |
このように、税制や法律が現在でも国によってバラバラなのに比べると、会計基準は最も国際的な共通化が進んでいる分野の一つといえ、企業がIFRSを前提としてビジネス上の判断を行ったり、さらにはビジネス慣行もIFRSが前提になるほど、ビジネスにも大きなインパクトを与えるようになりました。それこそが、中小企業の経営者の皆さんもIFRSの概要については知っておいた方がビジネスに役立つという理由なのです。
日本基準は「過去の結果」を、IFRSは「将来の稼ぐ力」を重視
日本においては、IFRSは任意適用にとどまっていますので、IFRSに移行して株式公開(IPO)を目指す企業を除いては、IFRSが中小企業に直接適用されるとしても、かなり先の話になると思われます。
したがって、中小企業においては、自社の会計処理や決算に影響があるかという会計の技術的な観点よりも「日本基準とIFRSの本質的な違いは何か?」「経営に役立つ部分はあるのか?」という観点の問いかけの方が重要です。
違いその1:IFRSは稼ぐ力を表す!
IFRSの決算書には日本基準とは異なる名前が付けられています。特に、資産、負債と純資産は「財政状態計算書」に表示され、「貸借対照表」という名前は使われていません。
これは、単に名前の問題というわけではなく、IFRSの根本的な考え方が日本基準とは違っているということの現れです。
IFRSにおいては、資産を「将来どれだけ稼ぐ力があるのか?」、負債を「将来どれだけ価値が流出するのか?」という意味での時価(公正価値)で計上し、その差額を純資産としています。損益は資産や負債の時価(公正価値)増減の過程という発想です。まさに企業の「財政状態」に着目し、決算書も財政状態計算書を中心に考えます。日本基準が損益計算書を中心に考えるのとは対照的です。
よく「IFRSは時価主義」と言われますが、この場合の「時価」とは「将来キャッシュを稼ぐ力」と考えるとしっくりくるでしょう。
違いその2:IFRSは「経常利益」がない!
IFRSの決算書は中身の構成も日本基準とは異なっています。IFRSで作成される損益計算書には、日本で重視される「経常利益」がなく、「営業利益」の次は、いきなり「税引前当期純利益」が計算されます。
しかも、日本基準では一般的に営業外収益・費用、特別利益・損失とされる項目も、受取利息や支払利息といった金融収益・費用を除いて、全て「営業利益」よりも上に表示されます。
これも、単に区分の問題というわけではありません。
日本基準では、本業でどれだけ儲けたか(営業利益)、本業以外や臨時特別なことでどれだけ利益が残ったか(経常利益、特別損益)と段階損益を重視します。そして、その結果が貸借対照表の純資産に反映されます。
これに対して、IFRSは、「違いその1」で解説したとおり、まず純資産がどれだけ増減したかに着目します。損益は資産や負債の増減の過程であり、企業の営みという意味では、金融収益・費用を除いて、基本的にすべてが本業という発想です。
以上の本質的な2つの違いをまとめると、日本基準は「いくら利益が出たか」という損益ベースの過去の結果を重視しているのに対し、IFRSは「将来どれだけ稼ぐ力があるのか」というキャッシュ・フローベースの将来への期待を重視していると言えます。その違いが以下の表のような日本基準とIFRSの違いにも表れています。
項目 | 日本基準 | IFRS |
売上計上基準 | 契約に基づいた実現主義。請負契約等については進行基準 ※2021年からIFRSとほぼ同様の基準がスタート |
契約の形式や金額よりも、物品やサービスの顧客への提供実態を重視し、実態を反映するように売上計上 |
非上場株式の貸借対照表計上額 | 原則:取得原価 発行会社の財政悪化により実質価額が50%程度以上低下した場合は減損 | 何らかの方法で時価評価し貸借対照表に計上 |
M&A時に受け入れた無形資産の評価(買収側) | 特許権、商標権といった法律上の権利等、切り離して売却可能な無形資産を受け入れた場合は時価評価してオンバランス | 法律上の権利以外でも、顧客リスト、無特許の技術、受注残、データベース、ライセンス契約、フランチャイズ契約等、日本基準よりも幅広い無形資産を時価評価してオンバランス |
のれん(純資産評価よりも高額でM&Aをした場合の買収差額) | 20年以内で定額償却 | 償却しない(毎期1回は減損テスト) |
固定資産の耐用年数 | 実務的には法人税法の耐用年数でOK | 企業が資産を使用すると予定する期間 |
研究開発費 | すべて発生時に費用処理 | 研究費はすべて発生時に処理。開発費は一定の要件を満たす場合は資産計上 |
中小企業の“攻めの経営”へのIFRSの活用
企業の業績を評価したり、法人税の金額を計算したりするために「いくら利益が出たか」という損益ベースの過去の結果が必要なのは言うまでもありません。
しかし、企業が倒産せずに継続し従業員の生活を守っていくため、さらには今後も成長していくためには、「将来どれだけ稼ぐ力があるのか」というキャッシュ・フローベースの考え方を経営に取り入れることも大切です。このような経営は、最近聞かれることが多くなった「事業性評価融資」の考え方と同じ方向性といえます。
金融庁は、中小企業の融資にあたって、過去の決算や担保・保証に依存するのでなく、企業の事業内容や事業の将来性をきちんと評価して融資判断を行うことを求めるようになりました。この「事業性評価融資」を通じて地銀、信金、信組等の地域金融機関が中小企業の成長に貢献し、地方創生を推進するひとつの原動力にしようとしているのです。
そのため、中小企業の経営にあたっても、キャッシュ・フローベースの考え方を取り入れることにより、厳しい経済環境の中でどのような経営管理や業績管理指標を目指すのか、そのためにはどのようなデータが必要なのかを知ることができ、さらには、キャッシュ・フローベースの事業計画を提供することで、金融機関に自社の「事業性」を説明する材料にもなると考えられます。
こういったキャッシュ・フローベースの考え方に基づいた経営は企業の信頼性をアップさせますので、大企業だけでなく、むしろ体力の弱い中小企業にこそ大事なことなのではないでしょうか。
株式公開(IPO)を目指している企業にとっての留意点
株式公開(IPO)を目指す企業(特にベンチャー企業)が、IPO前に投資ファンド等に一度買収される場合、その買収にレバレッジド・バイ・アウト(LBO)という手法を用いると、買収された側のベンチャー企業の貸借対照表に多額の「のれん」が計上されるケースがありますので、注意が必要です。
上の表にも書いてあるとおり、日本基準では「のれん」を20年以内の期間で毎期償却していきますが、IFRSでは償却しません。さらに、日本基準で「のれん」を償却したとしても、税務上は損金扱いできない場合が多く節税効果もありません。
例えば、「のれん」が5億円発生し日本基準では10年間で償却すると仮定した場合、日本基準で作成される決算書ではIFRSと比べて毎期の利益が0.5億円(5億円÷10年)少なくなります。仮にPER(株価収益率)が20倍だとしたら、日本基準では「のれん」の影響だけで時価総額が10億円(0.5億円×20倍)も少なくなってしまいます。
逆にいうと、このケースでは、IFRSに移行してからIPOする方が時価総額が10億円も高くなり、その分、投資ファンドの儲けも大きくなります。
このような事情から、LBOの手法を用いて出資を受けたケースでは、買収側の投資ファンドからIFRSへ移行してIPOすることを求められる可能性があります。
日本基準からIFRSへの移行は、多大なコストと労力がかかります。担当した人の多くが「もう二度とやりたくない」と言われるほどの大変さです。会計基準が変わるわけですから、経理担当者は、実際には膨大な作業を行なう必要があり、社内の決算体制・管理体制の整備にも多額のコストと多くの時間がかかります。
そのため、株式を投資ファンド等に売却しようとするオーナー経営者は、売却の手法が将来IFRSへの移行を求められる可能性のある手法か、また、IFRSへの移行を求められる可能性がある手法の場合には、現実的にIFRSへの移行が可能か、IFRSへの移行が自社の成長につながるか等について、事前に十分に検討することも必要でしょう。
IFRSを会社の成長に役立てる
このように、IFRSが中小企業の会計処理や決算に直接的に関係することは現在はほとんどないものの、日本基準とIFRSはそれぞれの根底に流れる本質的な考え方に大きな違いがあることを知っておくと、会社の大小に関わらず企業経営についての気づきがあるかもしれません。IFRSの本質的な考え方や大まかな内容だけでも把握し、ビジネスの発展、会社の成長に役立てましょう。
また、これから株式公開(IPO)を目指す企業においては、将来のIFRS移行の可能性についても十分に検討した上で、自社の成長にとって最もふさわしい手法で出資を受けられるよう、ベンチャーキャピタルと事前に十分に相談するようにしましょう。
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