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やる気のない従業員?それ「学習性無力感」かも。従業員への正しい対応や抜け出す方法を臨床心理士に聞く

2022.08.09

著者:弥報編集部

監修者:久保山 武成

学習性無力感という言葉をご存知ですか?繰り返しの否定が意欲の低下を招くとする理論で、うつ病の発症モデルとも言われています。「あの従業員、最近やる気がないな……」「どんどん会社の活気が落ちている……」と感じたら、それは学習性無力感によるものかもしれません。従業員が学習性無力感に陥るような環境を放置していると、周りの人も主体的な行動をしなくなり、やがて職場全体のパフォーマンス低下につながります。

今回は、臨床心理士/公認心理師の久保山 武成(くぼやま たけなり)さんに、学習性無力感とは何かや対応について伺いました。「結果より過程を評価する」といった、回復のための働きかけもご紹介しています。


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学習性無力感とは?「言われたことしかやらない」従業員を生む

学習性無力感とは何ですか。

学習性無力感は「自分の行動が結果につながらないことを学習することで、意欲をなくしてしまった状態」を指します。心理学者のマーティン・セリグマンによって1967年に明らかにされた理論です。

当時セリグマンは、犬に微弱な電気ショックを与える実験を行いました。まずは犬たちを「試行錯誤すれば電気ショックを止められるグループ」と「何をしても絶対に電気ショックが止まらないグループ」に分け、その後、簡単に乗り越えられる低い仕切りを用意して再度電気ショックを与えます。すると、前者のグループにいた犬はすぐ逃げるのに対し、後者のグループにいた犬はあきらめて座り込んでしまいました。

つまり、あきらめて座り込んだ犬は「試行錯誤してもムダ」ということを学習してしまっているんです。これが「学習性無力感」です。

犬だけでなく、人間も同様にこのような心理状態に陥ることがわかっています。場合によっては、うつ状態に移行しかねません。


学習性無力感の原因について教えてください。

自分の行動が実らない経験を何度もしたり、深刻なショックを受けたりすることが原因であることが多いです。例えば、何をやっても仕事で結果が出ない、繰り返し否定・叱責され続けるという状況になると、人は問題解決への意欲を失います。

なお、他人から見て「よくやっている」ケースでも、本人がダメだと思い込むことが続けば、それも学習性無力感の原因になり得ます。

1人の従業員が学習性無力感に陥るような環境は、やがて職場全体の意欲を低下させる

学習性無力感に陥った人には、どのような悪影響が出ますか?

最も顕著な変化が、試行錯誤をやめるという点です。加えて興味や関心、意欲・主体性が低下し、消極的になります。

職場でのわかりやすい事例は、言われたことしかやらないといったものです。ひどくなると指示すらこなせず、うつ状態に移行したり、休職したりするケースもあります。


1人の従業員が学習性無力感になると、周囲の従業員にも何か悪影響が及ぶのでしょうか。

だれかのパフォーマンスが落ちたら、他の人が代わりにその仕事をやらなければなりませんよね。そういう意味では、学習性無力感の従業員がもたらす周囲へのダメージは避けられません。

心身に不調を抱えた人が出勤している状態と休職した状態では、不調のままで出勤しているほうが職場への損失が大きいとする研究もあります。学習性無力感に陥った従業員に対して適切な対応をせず周囲の負担が増えると、結果的に職場全体のパフォーマンス低下につながります。最終的に、抑うつ状態の人や休職者が増加することもあるでしょう。


学習性無力感が社内に蔓延する可能性はありますか。

その可能性はありますが、感染性の病気のように、学習性無力感に陥った人から他の人にうつる、ということではありません。

同僚が否定され続けて、学習性無力感に陥る過程をそばで見ていた人は「どうせ怒られるから提案するのはやめよう」「上司が気に入る発言だけすればいい」と学習してしまうんです。その結果、会社全体で主体的な行動が見られなくなるということは起こり得るでしょう。

複数の従業員の意欲が下がり、試行錯誤の文化が失われたら、当然会社の活気も落ちていきます。

学習性無力感の要因を、個人の性質だと断定するのは避けてください。繰り返し自分を否定されるような状況が続くと、9割方の人は学習性無力感に陥ることもわかっています。

問題となるのは、あくまでも会社内のコミュニケーションです。そこに着目して対策を練らなければ、学習性無力感に陥る人が再生産され続けてしまうでしょう。

学習性無力感から回復するには?結果より過程を評価することが大切

学習性無力感に陥っている従業員がいる場合、どのように対応すればよいでしょうか。

実験により、学習性無力感に陥っても「自身で状況を変えられる」ことを再学習すれば、回復することがわかっています。試行錯誤して状況が好転し、結果が伴えば理想的ですね。もし結果が出なくても「この部分は成長している」などと上司からフィードバックが得られたら、無力感から脱する可能性があります。

会社には、従業員に求める基準がありますから、そこに達していない人には注意や指導をせざるを得ません。その際、指導と同時に仕事に向き合う姿勢を肯定し個人内の変化に着目しましょう。結果のみで判断するのは避けてください。


具体的には、どのような働きかけをすればよいでしょうか。

「まだ10点には達していないけれど、5点が7点になっている。工夫して取り組んでいるのがわかるよ」などのように伝えると良いですね。合格点に達していなくても、そこに至るまでの過程や姿勢を評価してあげると、自分の行動にも意味があると思えるのではないでしょうか。

また「Why」以外の疑問詞を使って会話するのもおすすめします。例えば、不登校の子供に「なぜ学校に行かないの?」と尋ねると、責められたと受け止められがちです。「なぜ」ではなく「学校のどこが嫌なの?」など、他の疑問詞を使って聞くと、一緒に問題に向き合っているような共同作業感が出ます。学習性無力感の人にも「なぜできないの?」ではなく、「どこがうまくいかなかったの?」「難しかったことは何?」と聞いてみてください。

視点を変え、同僚や他の部署の上司に話を聞いてもらうのも1つの方法です。実際に会話をしてみると、意外と他者からの評価が高かったとか、社内での役割を確認できたという事例を目にします。学習性無力感に陥っている人は、コミュニケーションが減少する傾向もありますので、他者との関わりは状況改善の有効な手立てとなるでしょう。

無力感を感じていて「自分は全く仕事ができない」と訴える人も、「10点満点で自己評価すると何点?」と聞くと、0点と答える人は少ないです。2点、3点と低い自己評価を持つ人でも、見方を変えると2点、3点はできているところがあるということです。それは何ができているのか。そこに気づくことで、無力感から脱することができます。


最後に、読者の経営者・経理担当者の皆さんに、メッセージをお願いします。

経理の仕事は「ミスしないのが当たり前」と見なされたり、変化が少なく評価しにくかったりするのではないでしょうか。経営者や上司の皆さんは、もし当たり前だとしてもぜひ経理担当者の人に「ありがとう」や「いつも助かっている」といった感謝の気持ちを伝えてみてください。自分の仕事がだれかの役に立っているという感覚は、無力感とは程遠いものです。

また、どのように頑張っても売上が上がらないなどの状況で、経営者が学習性無力感に陥るケースも見受けられます。「自分は孤独だ」と感じる経営者も、珍しくありません。その要因の1つとして、相談相手がいないことが考えられます。部下には弱みを見せられないし、悩みをわかってくれそうな人は競合他社の経営者だったりするのではないのでしょうか。でも競合他社経営者にも相談はしづらい。難しい立場と思いますが、話せる相手を見つけコミュニケーションをとると、自分が既にできている点に気づくかもしれません。先ほど例に挙げたように、置かれた状況を数値化し、できている点を振り返るのも有効です。そうしたことを意識すると、学習性無力感に陥りにくくなり、さまざまな問題に主体的に取り組めるようになるでしょう。

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この記事の著者

弥報編集部

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この記事の監修者

久保山 武成(臨床心理士/公認心理師)

日本ブリーフサイコセラピー学会理事
国立精神・神経医療研究センター臨床心理室、東京大学医学部附属病院精神神経科、東京大学医学部特任助教を経て、2019年7月よりルバート心理カウンセリングを設立

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